映画評論家として、監督や俳優にインタビューするのが仕事だが、コロナ禍ではリモートで話を聞くのが普通になった。それにしても世界的スターの自宅にZoomでお邪魔するのは不思議な気分だ。

 その日も、サー・アンソニー・ホプキンスの居間につながった。ロサンジェルスの高級住宅地マリブ、太平洋を見下ろす豪邸に彼は住んでいる。コロナ禍になってから、ホプキンスは、自宅でピアノを弾いたり、油絵を描いたり、猫と遊んだりする姿をツイッターで世界中に発信している。

「今回の映画のなかで、私が生年月日を聞かれて『1937年12月31日』と答えるだろ? あれはね、私自身の生年月日なんだよ」

 83歳の名優は笑った。アカデミー賞主演男優賞を獲った『羊たちの沈黙』の食人鬼レクター博士の邪悪な微笑みとは違う、優しい笑顔で。

 今回の映画とは、新作『ファーザー』のことだ。

 アンソニー・ホプキンス扮するトニーは81歳。妻に先立たれ独り暮らし。娘アン(オリヴィア・コールマン)が通いで世話をしてくれるが、娘の恋人がどうも、このアパートを乗っ取ろうとしているらしい。知らない男がいつの間にか部屋にいたりする。そういえば下の娘ルーシーは最近、どうして会いに来ないのだろう……。

 原作はフロリアン・ゼレールの戯曲『Le Père 父』。認知症が進行する父親の視点で描かれた、一種のホラーでもあり、親子の悲しい愛の物語でもある。ゼレールはこの戯曲を監督するにあたって、敬愛するアンソニー・ホプキンスに出演を依頼した。

 

「若いうちはそうしたがるものさ。でも、あまり役の感情を深掘りしすぎると…」

 今回、認知症の役作りのために何をしましたか?

「別に。ただセリフを覚えただけさ」

 ホプキンスが俳優修業をしていた1960年代、「メソッド演技」がブームだった。役柄を徹底的に研究し、内面化して、完全にその人格になりきる演技法で、ロバート・デ・ニーロたちは肉体や精神をすり減らして役と一体化した。だが、ホプキンスは一貫してメソッド演技に批判的だ。

2021.05.03(月)
文=町山 智浩