名匠ロン・ハワードが引き出した俳優陣の白熱の演技に脱帽

◆『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』

 タイトルにあるヒルビリーとは「田舎者」を意味し、アメリカ東部のアパラチア山脈周辺の地域、特に「ラストベルト」と呼ばれる錆びついた工業地帯で貧困にあえぐ白人を指す蔑称のこと。

 本作はヒルビリーのひとりとして薬物依存症のシングルマザーの家庭で育ちながら、オハイオ大学を経て名門イエール大学のロースクールに進学し、現在はシリコンバレーで会社を経営しているJ.D.ヴァンスの自伝『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』が原作です。

 同書はトランプ大統領の支持者たちの声を浮き彫りにしたとして全米でベストセラーになったので、ご存じの方も多いかもしれません。

 映像化を請け負ったのは、『ビューティフル・マインド』や『ダ・ヴィンチ・コード』で知られる、名匠ロン・ハワード。

 原作にあった政治的な問題提起をスルーし、口当たりのいい家族ドラマにしたと批判にさらされてもいますが、それを補って余りある映画的興奮が、ここにはあります。

 とりわけ俳優の演技の引き出し方は、お見事と言わざるを得ません。

 薬物依存症に苦しむ主人公の母をとてつもない迫力で演じたエイミー・アダムスもさることながら、そんな娘の不甲斐なさに責任を感じ、孫をたくましく育てあげようと決意する祖母に扮したグレン・クローズの迫力たるや、もう圧巻です。

 奇しくもトランプがホワイトハウスを去ることになる来年のアカデミー賞において、助演女優賞は彼女にこそ与えられるべきだと個人的には思いました。

◎あらすじ

『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』

アメリカ東部の貧困地帯出身のJ.D.ヴァンスは、周囲には大学進学する者が皆無のなか、イエール大学のロースクールに通い、立身出世を目指している。そんな彼を翻弄するのは、薬物依存症の母だった。

2020.12.24(木)
文=鍵和田啓介