2006年は玉木宏のターニングポイントだった

 千秋のもつ、甘さと辛さ、若い芸術家の激情を玉木宏はみごとに体現した。本放送の06年頃の玉木は、03年に朝ドラこと連続テレビ小説『こころ』(NHK)のヒロインの相手役に抜擢されて全国区の人気を獲得し、06年初頭から大河ドラマ『功名が辻』(NHK)に出演、同じくNHKの『氷壁』で連ドラ初主演を果たし、秋から『のだめ』と大ブレイクポイントを迎えていた。

 彼は98年にデビューした時からイケメン売りだったわけではない。2001年の映画『ウォーターボーイズ』(矢口史靖監督)ではアフロヘア(『のだめ』で小出恵介がやっているような)で鼻のわきにほくろのある人物でコメディリリーフ的な役割を演じていた。『こころ』ではイケメン枠に入った感があるが、ややヤンキー風味。

 20代前半はトガッた野心のようなものもチラ見せしつつ、時代劇の所作や『のだめ』の指揮者という優雅な所作を身に付けたことで武器を増やしていった。

 織田信長や勝海舟など時代の開拓者を演じる一方で、猟奇殺人犯や不運な教師、戦場カメラマンなど飛距離のある役を多く演じ、着々と俳優としての確固たるものを獲得していくなかで、次なるブレイクポイントは2015年。再び朝ドラのヒロインの相手役に選ばれた。

「妻の成長を楽しむ」はまり役

『あさが来た』の“あほぼん”こと新次郎役は彼に特化した書籍まで出たほど、多くの女性視聴者を虜にした。新次郎は大阪の商人のぼんぼん。でも仕事が好きでなく、妻・あさ(波瑠)に仕事を任せてふらふら遊びに行く。

 船場言葉と、共演した近藤正臣に習った着物の所作のやわらかさと相まって理想の優男ができあがった。妻に自由に仕事させて、それを見守り、支える。妻あさとは11歳差の設定で、結婚前あさがまだ幼い少女だったとき、そろばんをプレゼントして商売に目覚めさせたのも新次郎だった。

 プロデューサーの佐野元彦は書籍『連続テレビ小説「朝がきた」玉木宏――白岡新次郎と生きた軌跡』のなかで「妻の成長を楽しめるというのは、凄く大きな器の男だと思うんです」と玉木が演じた新次郎のことをこう語っている。新次郎はまさに「女の成長をさまたげない愛し方」をする人物だったのである。

2020.10.02(金)
文=木俣 冬