監督が分析する「共感が得られた」ポイント
「この映画は富める者も貧しい者も、明確な悪人や善人が出てこない。それでも事件が起きる点に共感が得られたのではないか」(朝日新聞デジタル・1月15日)
なるほど!
格差社会を深刻に描くのもひとつの手だけど、こういう切り口もあったんだ。それこそ「匂わせ」である。やっぱり匂ってくる映画なのである。
そういえば『ジョーカー』のトッド・フィリップス監督の言葉を思い出した。
映画『ジョーカー』
トッド・フィリップスはコメディの本質とは破壊的で不謹慎なものだと考えているのに、
《だけど今は、コメディを作りつつ、人を怒らせないことが非常に難しい時代です。》
と語っていた。そして、
《世界はあらゆることに敏感になっていて、誰かを笑わせようとすれば誰かが怒る。もはや、笑えることが笑えないわけです。ならば、僕は違う場所でやろうと思いました。》
私はこれをパンフレットで読んでザワザワした。もしかして『ジョーカー』ってトッド・フィリップス監督の渾身のジョークだったのか? 社会派映画だと思い、観客が真面目に見ている構図を利用して「大ネタ」をつくった可能性……。もうジョーカーの高笑いしか聞こえてこない。「本当の悪い冗談は映画館の外にあるよ」というニヤニヤとセットで。
そう考えると『パラサイト』のポン・ジュノ監督は『ジョーカー』の逆パターンをやったとも思える。おかしみが漂う人間たちを描いたら大きなテーマも描けた。深刻な格差を痛感させた。
2020.02.16(日)
文=プチ鹿島