幻の白い天守閣に家康が込めた
「平和」と「死」のサイン

 東御苑の奥に、江戸城の天守台はひっそりと構えています。江戸城天守閣は明暦の大火(1657年)で焼失した後、再建されることはありませんでした。

 当時、四代目の将軍であった家綱の後見人を務めていたのは会津藩主・保科正之。家康の孫でもある正之は「平和な今、城に櫓は無用。それより町の復興を」と、櫓の再建を断じたと伝えられています。

 現在、遺されている天守台は明暦の大火後、修復されたもの。それでも精緻な石組やシルエットは美しさと威厳に満ちて、上に築かれていた日本最大の天守閣への憧れをかき立てます。失われた天守閣については、専門家の間でも意見が分かれているとか。門井さんは、

「天守閣は白一色。家康は平和と威厳の象徴として天守閣を築いたのかもしれません。

 白は平和の色。戦国時代に終わりを告げ、これから目指すのは平和な世だ。未来を向く江戸城には白こそがふさわしい。家康はそう考えていたのではないかと僕は思っています」。

 一方で、門井さんは白が「死」の色だという思いも。『家康、江戸を建てる』では家康が城を継がせる子の秀忠に、過去があり、人々の死の上に今があり、今日あるのは死者達のおかげ、と言い含めます。天守台に登り、皇居を見渡すとき、家康の胸の内が少しだけ見えてくるかもしれません。

“ファーストクラス”の人力車で
丸の内から皇居を駆け抜ける!

 皇居巡りの仕上げは、人力車ツーリング。馬場先門では人力車ツアー専門「えびす屋」の俥夫、井上桂さんが待っていました。粋な俥夫姿の井上さんは颯爽として、江戸時代から抜け出してきたかのよう!

 この日は小雨交じりのため、幌をかけてスタート。

 人力車は初めてという門井さんは

「この高さからの眺めが面白い。視界が幌で額縁のように切り取られ、風景があたかも映像のように流れていきます。少し揺れながら前に進む感覚も、独特。特等席な雰囲気で、まさにファーストクラスの乗り心地ですね」

 と、お気に入りのご様子。

 人力車は丸の内のビルの谷間を突き進み、お濠を渡り、皇居外苑から二重橋に迫ります。離れて見直す皇居の広さ、自然の豊かさには改めて目を見張るばかりです。「車をひいていると、東京でも季節の移り変わりがよくわかるんですよ」と井上さん。

 今、走っているのは、江戸時代に埋め立てられたエリア。家康がつくった風景の中を人力車は進んでいきます。

皇居

https://www.kunaicho.go.jp/


人力車で巡る丸の内

丸の内ホリデー
催行 予約に応じて9:00~18:00まで毎時、丸ビルから出発
料金 30分コース 18,150円、45分 23,760円
※最大2名まで乗車、税込み。
https://www.marunouchi.com/lp/holiday_jp/

門井慶喜(かどい よしのぶ)

1971年、群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。16年『家康、江戸を建てる』で直木賞候補に。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。20年2月、建築家・辰野金吾をモデルにした小説『東京、はじまる』を刊行予定。
»『家康、江戸を建てる』をAmazonで購入

2020.01.02(木)
文=上保雅美
撮影=佐藤 亘、文藝春秋