このお話の舞台は、とある地方の中学校よ。

 

 そこは今はもう廃校となった小学校と、限界ギリギリの生徒数で保ってる別の小学校の、二つの校区から入学してきた子ども達が通うボロボロの中学校だったわ。

 木造の旧校舎と小さなコンクリートの新校舎。

 山のふもとに位置する運動場はとてつもなく広く、裏山に繋がる校舎裏の林にはフェンスすら無かったから、そこから登校することだってできたの(今の治安状況や社会通念では考えられないセキュリティよね)。

 教室には磨りガラスに、レトロ石油ストーブだとか、今じゃ見られないものがたくさんあった。

 生徒数は1クラス、たしか26人くらい。

 それが学年で2クラスしか無かった。

 つまり、とっても田舎ってこと。

 だからそんな人が少ない環境じゃ、もちろんマイノリティも確率的にいないに等しくて―。

 

 その中学校に通う14歳のゲイの男の子は、

 「たぶんオトコが好きなオトコなんて、この町には自分しかいない」と確信していた。

 そんな悟りきったような中学生があたい、もちぎよ。

 

 あたいは後々、隣町の高校に通い、腐女子友達とBLを語り合ったり、ゲイの同級生ができたり、事情により売春を始めてさまざまなゲイの大人と出逢ったりと、だんだんと多様な人々を知ることになるんだけど。

 ともかくこの当時は、マジモンの田舎でゲイ一人で寂しくクローゼットに閉じこもった日々を送っていたわ。友達こそいたけど、みんな異性の話ばっか開けっ広げに話すから、あたいはますます内心の孤立を深めていた。

 まず前述の通り、当時は姉と母とあたいの三人暮らしで。

 あたいには父親の記憶がほぼ無かった。

 あたいが小学校に上がった時くらいに、父ちゃんは自殺したの。借金ができて、偽装離婚した後の話だったらしいわ。詳しい事情はあまり分からないけどね。母ちゃんもあたいには話したがらなかったから、あたいも姉ちゃんから軽く聞いた程度だ。

 そんで生活保護を受けたりもしながら慎ましく生活することを余儀なくされた母は、姉に「給与明細が出ない自営業の店で働け」と押し付けた。父が死んだ当時の姉は17歳で、残りの高校生活1年間を通学しながら週6でアルバイトしてたわ。あたいはまだ働けない年齢だったから何も知らずにいたけど、その時の姉ちゃんはしんどそうにしてて、子どもながらにいたたまれない気持ちになったのを覚えてる。

 姉ちゃんは恐らくお給料のほとんどを家に入れていた。

 同棲して家を出るまで、高校卒業後も8年近く、ずっとバイトやら派遣の事務やらで働きまくって家計を支えてくれてたわ。

 だけど母ちゃんはというと、隣町のゲームセンターのコインゲームが好きで、ほとんど働かず、家事もあんまりせずにそこに入り浸ってた。お金はそこに流れていた。

 まぁそういったちょっと先行きの暗い家庭環境で育ってたあたいだったけど、友達には恵まれて(というかたまたま風通しの良い環境の町や学校だった)、いじめも無く和気あいあいと中学校生活を過ごせたの。

 

 でも、ふと目を凝らして周りを観察し、耳をすませてみんなの話を聞いてみれば、

「うちは母さんと父さんがよくケンカをする」

「お兄ちゃんに暴力を振るわれる」

「父親にカラダのことをからかわれるから、女を辞めたい」

「俺の本当の母親はもうこの世にいなくて、今の母親は再婚相手だって最近知った」

 だとか、各々がつらい環境や生まれにあって、なにか抱えながらそれでも小さい体で必死に生きているんだって知る事ができたわ。

 

 あたいだけじゃない。

 辛いのは自分だけじゃないから、あたいもがんばって生きなきゃ。

 そう感じていたわ。

 

 そう思っていた矢先、ある日、あたいは母ちゃんに、

「だんだんとお前、男臭くなってきてキモい」と言われて、家にいることを禁じられてしまったの。ショッキング~。

 あたいってばその頃は思春期。

 小さい団地(玄関から見渡せばキッチンと寝室とリビング全てが繋がっている古い集合住宅)に住んでて自分の部屋も無く、恥ずかしい話、自慰すらできなかったくらいにプライバシーが無かった。それに男性のカラダを性的に扱ったコンテンツ―ゲイ雑誌などは自宅に置いておけなかったので、性的欲求をガマンしまくっていたのに、それでも体は男性へと着実に成長していった。二次性徴とか成長期ってやつね。

 別にあたいは自分の性自認(自分の性別の認識)が男だから、カラダが男性らしくなってもいいけど、母ちゃんはあたいが父ちゃんに似た青年に成長していくのを見て、思い出がフラッシュバックするのが耐えられないのか、男性らしさが自分のテリトリーにあるのが許せないような素振りを見せるようになったわ。父ちゃんの遺影もその頃押入れに隠すようになってたし、徹底して家から男を感じるモノを消し去ろうとしていたのだろう。

 なんでそうなったかはキチンとは分からない、でも母ちゃんが嫌だと思うなら仕方ない。あたいは一日のほとんどを外で過ごすようになったわ。

 

 近所にコンビニも無いような田舎。

 あたいは学校の図書室で借りた本を団地の下で読んで過ごしていた。

 姉ちゃんのバイトしているパン屋の廃棄パンを食べながら、街灯の下で静かに読書するのは存外楽しくて、あたいはわりと苦じゃ無かった。

 けれど、田舎で夜中にフラフラと一人過ごしてるガキンチョなんて、まぁいない。あたいくらいだったわ。

 そのせいであたいはご近所で目立つようになってしまい、学校でもそれとなくみんなに心配されるようになった。みんなも家庭環境に事情があるのに、あたいだけ気を使われて優しくされるのもなんだか居心地が悪くなり、平日の日中も学校をサボって公園で一人で読書するようになった。とにかく一人でいたかったの(放課後は仲のいい友達が一緒に図書室に行ってくれたりはしたけどネ)。

 

 

 そうなってくると、やっぱりお節介な教師というものが立ちはだかる。

「もちぎ、お前、なんの本読んでるんだ?」

 公園で一人ぼっち、偉人の半生を描いた伝記を読み終わって、公園内にある水道の蛇口から水を飲んでたあたいに、そう声をかけてくれた奇特な一人の先生がいたわ。

「エロ本読んでた」

 あたいが真顔で冗談を言うと、先生は笑いながら、

「よし、一緒にエロ本でもなんでも読もう」

 と近づいてきた。

 正直あたいはなんやコイツって思った。

 

 それがあたいの、後に初恋の相手になる先生。

 K先生、53歳、国語の先生で、あたいの人生の先生となる人だった。


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