朝8時半からの上映回に、彼女たちは続々とやって来た。

 これを「朝活」として観終わったら出勤するのだろう、あるいは子どもを学校へ送り出して自由になってから来たのだろう。

 服装から窺えるライフスタイルはさまざま、だが共通して30~40代の大人の女性たちが、一人だったり仲間と楽しげに連れ立ったりして、駅近の大型シネコンの中へと吸い込まれていく。

公開後数日で
「私はまだ4回めなんですよ」

 彼女たちの目当ては一つ、不動産屋のサラリーマンたちに起きた男性同士の五角関係(?)を描く『劇場版おっさんずラブ』だ。

 お年頃の女性ばかりとなれば、開演前に化粧室が混みがちなのはご愛嬌。トイレの順番待ちの列で、女性客同士がツイッターのアカウントネームらしき名で呼び合っている。

「私、やっと2回めを見に来れたんです。○○さんって今日で何回めですか?」

「私は舞台挨拶も含めてまだ4回めなんですよ。でも関西の○○さんは、もう7回見ていろいろ符合した、ストーリー把握したって、昨日上げて(ツイートして)ましたよね」

「見ました! さすが○○さん、強い……」

「民(たみ)の中でもラスボス級ですよね。(2次創作)作家さんだから、すぐ(同人誌、またはpixivに?)描いてくれそう」

「○○さんが描くはるたん(主人公・春田)、尊いんですよね……」。

 それを彼女たちの背後で無関心を装って立ち聞きする私は公開初日を含め3回め、ちなみに映画公開は2019年8月23日(金)で、4回だの7回だの、これは公開後ほんの数日経ったあたりの出来事である。

Twitter世界トレンド1位へ
押し上げた“OL民”たち

 『おっさんずラブ』の熱狂的ファンのことを、OL民、略して「民(たみ)」と呼ぶ。

 彼女たちOL民の力が外の社会に認知されたのは、ドラマの放送時間中、彼女たちが感動のあまりリアルタイムでツイートするドラマ関連ワードがTwitterトレンド欄をジャックし、Twitter世界トレンド1位になったのがきっかけだった。

 放送終了後もドラマDVDが予約販売だけで各サイトの売り上げランキング1位を獲得、ネットのあちこちに「おっさんずラブ」の文字が踊った。DVDや公式ブック、ドラマ関連グッズなどの売り上げは予想をはるかに上回る好調ぶり。

 『おっさんずラブ』関連収入でテレビ朝日の経常利益にも良い影響があったとの経営陣のコメントは、その努めて控えめなトーンとは逆に、男性同士の恋愛を描く一(いち)深夜ドラマが在京キー局の経営に貢献したという重大なインパクトで、世間に報じられた。

2019.11.08(金)
文=河崎 環