名門工房を訪ねて
琉球びんがた作りに挑戦

 美しい琉球びんがたの世界を堪能する今回の旅。もう一軒、工房を訪ねることができました。那覇空港にほど近い、赤嶺の街角に工房を開く知念紅型研究所です。

 こちらも長い歴史を受け継ぐ一軒で、琉球びんがた三宗家のひとつに数えられる名門工房です。

 ご当主の知念冬馬さんは10代目。海外でデザインを学んだ経験もあり、古典柄はもちろん、モダンな作品も発表して高く評価されている作家さんです。

 ちなみに祖父である8代目当主の知念貞男さんは、ミラノでファッションショーを開いたこともあるそうで、伝統を守りつつ、新しい取り組みにもチャレンジしている工房です。

 鮮やか、かつのびやかに沖縄の感性を表現している知念紅型研究所の作品。白地に染め抜かれた沖縄の草花が美しく、眺めているだけで心が華やぎます。

 そして、職人さんたちが長年愛用してきた道具もなんともいえない味わいを醸し出しています。それらが生み出してきた作品同様に、道具自体もとても美しいのです。

 今回、こちらの工房では、少しだけ琉球びんがた体験もさせていただきました。

 まずはどの型紙にするか。知念さんが「どれがいいかな……」と思案しながら選びます。

 型紙は、一枚一枚、新聞紙にはさまれて保管されています。その新聞の日付をみると数十年前のものもあり、工房が紡いできた月日の重みを感じさせます。

 今回挑戦したのは、「型置き」とよばれる工程。布地に型紙を置き、その上から糊を塗っていきます。

 まずは、型紙を置きます。でも、ずれないように細心の注意を払って置かなければなりません。ただ置くだけなのに、なんだかとても緊張します。

 型紙を置く、そんな簡単そうに見える動作のひとつひとつにも、熟練が必要なのが琉球びんがたの世界なのです。

 お次は、置いた型紙の上からヘラで空色をした糊を塗っていきます。そして、型紙をはずすと、布地に型紙の模様が浮かび上がるという仕組み。

 この糊を塗る作業も、とても難しいのです。

 ヘラにとる糊の量、塗る時の力の入れ方、ヘラの角度……。そして、これでいいのかな、なんて思っているうちに糊はどんどん乾燥していくので、スピード感も大切です。

 毎日毎日の繰り返しによってしか磨くことのできない職人技。その偉大さを実感するとともに、2回、3回と挑戦するたび、本当にごくわずかずつですけれども、コツがつかめてきて、ちょっといい気分にもなれます。

 型紙をはずした布地には、山紫水明をモチーフにした模様が描かれています。

 青いところが糊の塗られたところ。糊が乾燥したら、白い布地のところに彩色を施していき、糊を洗い流すことで琉球びんがたの鮮やかな柄が生み出されます。

 なお、今回の体験ではこの「型置き」のところまで。琉球びんがた制作においては、ほんのごく一部の工程ですが、達成感があって感動的です。

 この日は、知念紅型研究所が手がけた作品も拝見させていただきました。

 こちらは、8代目の貞男さんがお孫さん(冬馬さんの妹さん)の成人式のために作ったという振袖。まばゆいほどに鮮やかな黄色の上に浮かび上がる、なんとも絢爛な模様。

 本物だけがもつ輝きにあふれていて、眺めているだけで幸せな気分になれます。

2019.11.07(木)
文=矢野詔次郎
撮影=鈴木七絵