ベストセラー『和菓子のアン』の著者が、初のエッセイ『おやつが好き』を上梓。人生の娯楽「おやつ」を紹介するエッセイ集の中から、2本をCREA WEBに特別公開します。


ウエスト―ドライケーキ

口の中でかしゅっとほどける、
きめ細かいパウダーのような小麦粉に、
バターの香り。
甘いけれど甘すぎず、
遠くにひとつまみの塩を感じて
食べ飽きないドライケーキ。

 いちばん好きなお菓子はなんですか?

 いきなりそう聞かれて、あなたは即答できるでしょうか。私は無理でした。だってお菓子といっても種類はいろいろ。乾きものにゼリーにチョコレート。そもそも和菓子と洋菓子という大前提だってあるし、それぞれの部門に一位がいるわけで、たった一つ「これだ」なんてものはあり得ないわけです。

 でもそのときはエッセイの依頼で、内容的に回答が必要でした。そこで悩んだ末、私はエッセイにこんなタイトルをつけたのです。

『甘い系乾きもの菓子頂上決戦』

 ……苦しまぎれすぎ。かつ、条件絞りすぎです。でもそうでもしないとお菓子を選ぶことなんてできなかったのです。ちなみにそのとき和の横綱は両口屋是清の二人静。そして洋の横綱が銀座ウエストのドライケーキでした。

 ドライケーキ。ああドライケーキ。初めて名前を聞いたときには「乾いたケーキって、乾パンや保存食みたいなもの?」という失礼極まりない印象しか抱いていなかったドライケーキ。今となっては、人生が終わる瞬間にまで食べ続けたいお菓子として、私の中で燦然と輝いています。

 そもそも長い間、私はウエストのことを誤解していました。というのも家にある薄桃色の缶には、常にリーフパイしか入っていなかったから。さらにそのパイは、おいしいけれどもとてもシンプルだったため、子どもの私には少し退屈に感じられました。そうして導きだされた結論。

「ウエストというのはリーフパイの専門店で、しかも老舗らしく地味」

 ひどいでしょう。でも当時の私はほんとうに馬鹿で、同じことを六花亭やヨックモックに対しても感じていました。あ、前回のお話で取り上げさせていただいた空也に関してもです。

 贈答品で、小さい子どものいる家だからリーフパイ。これがものすごく妥当な選択だということは、大人になってから知りました。ていうか、今なら私もリーフパイを贈ります。だって成分が簡潔で、安心できるから(ちなみにサイトには、一枚あたりのカロリーをはじめとする成分表示まであります)。

2019.04.07(日)
文=坂木 司
写真=鈴木七絵