ベストセラー『和菓子のアン』の著者が、初のエッセイ「おやつが好き」を上梓。人生の娯楽「おやつ」を紹介するエッセイ集の中から、2本をCREA WEBに特別公開します。


空也―空也双紙と黄味瓢

紙箱の中で静かに呼吸する、
予約必須の手づくり和菓子。
ふわりもくもくとした
食べ応えの空也双紙に、
ぽくり、とろりの黄身瓢。

 空也といえば、あなたはなにを思い浮かべますか。日本史の教科書に出てきたお坊さん? それとも最中の有名な和菓子屋さん? 私はだんぜん後者です。なぜなら人生で出会う順番として、最中が先だったから。

 それはいつのことだったか。

 「いただきものの最中があるから、食べていいわよ」と母親にいわれ、子どもの私はうなずきました。最中は好きでも嫌いでもなく、あったら食べるというレベルの食べもの。特にうれしがりもせず、テーブルの上にある紙箱をぱかんと開けました。その瞬間、思ったのです。(―これってだれかの手づくり?)

 なぜならその最中は、「そのまんま」仕切りもなく箱に入っていたから。個包装されたお菓子に慣れた私にとって、これは異質でした。まるで知り合いのお母さんが「クッキー焼いたわよ」ってくれたときみたい。

 不思議に思いながら口に運ぶと、最中の皮が香ばしい。そのくせ案外、上あごにひっつかない。なんだか食べやすい最中だなあと思いながら一つめを食べ終え、なんとなく二つめへ手を伸ばしました。そして三つめをつまんでいるとき、母親にそれを見とがめられたのです。

「ああ、そんなばくばく食べちゃって……」

 これは銀座の空也という有名な和菓子屋さんの有名な最中であり、そんな食べ方をするものではないと、母親はいいました。

「でも、おいしかったんだもん」

 そう答えた私は数年後、歴史の教科書でその最中のお店の名前と再会します。口から小さな仏様たちが出ていることで有名な『空也上人立像』です。

 実際、空也の創業者は空也上人が行っていた踊り念仏を実践する『関東空也衆』という集団の一人だったということで、あの最中の形もその際に叩く瓢簞がモチーフなのだそうです。

 ……なんて偉そうにいっておりますが、実は今までそのルーツを調べたことはありませんでした。今回このエッセイを書くにあたって調べたおかげで、空也にとって瓢簞というモチーフの大切さがわかりました。ちなみに私は、上生菓子に入っている黄味瓢が大好きです。文字どおり瓢簞の形をしたお菓子は、外の黄味餡と中の白インゲン餡との対比が見事で、ぽくり、とろりという口どけがほんとうにおいしい。

2019.04.06(土)
文=坂木 司
写真=鈴木七絵