家が好きだ。家族はもちろん、自分が好きなものに囲まれているのだから、当たり前でもあるが。仕事用の椅子、机をとても気に入っているものの、最近はそこで原稿を書くことがほとんどない。
家の中に子供のものが多くなってきて、目が散り、集中できなくなってしまったのだ。それは子供のせいだけではなく、年をとったせいでもある。以前はどんな場所でも、その気になれば仕事のスイッチがカチッと入ったのだが、2、3年前からそうはいかなくなった。恐らく家が好き過ぎて、わくわくしちゃうせいかもしれない。
最近は、喫茶店で仕事をするようになった。
お気に入りの喫茶店はいくつかあって、好きな席も決まっている。どういうわけか、そこに座ると本当に仕事が進むのだ。だから人には教えたくない。たまにその席に誰かが座っていたら、めっちゃ腹が立つ。本を読んでいたり、何かを書いている場合は、「やっぱり」と納得もするのだが、ガイドブックとかを読んでいられると、「他の席でできるやん!」と思う時もある。でも、きっとその人もあの席に座ると、行きたいところがぽんぽん浮かぶのだろう。
私にとってのよいお店の条件の一つは、客層が若くないこと。その店には、たまにおばちゃんの集団が来るのが面白く、音楽サークルなのか歌の練習が始まってしまうことがある。♪春のうららの隅田川~、なんて歌声が聞こえると、ちょっと泣きそうになる。店主が気を利かせてBGMを切るのも、またいい。
私に対しては初めて来た客のように、コーヒーを出してくれる。さすがに顔を覚えられているので「いつもありがとうございます」とは言ってくれるけれど。ごく普通の喫茶店なのだが、すごく心地がよい。
そこで書いた小説ではないけれど、『まく子』が映画になった。いわゆる直木賞受賞後第1作目の小説で、児童書をたくさん扱っている出版社から出したものだ。この会社の人はなぜかアースカラーの服を着ている人が多い。そして、とてもゆっくりしている。ゆるい、ともいうけれど。
この小説も依頼されてから、何年も待たせてしまったのだが、まったく催促されなかった。児童書ということに囚われ過ぎてなかなかうまくいかなかったのだが、『サラバ!』を書いてから心境の変化があった。原発が残り続けることなど、子供に対して責任を感じるようになった。
主人公は小学5年生の慧(サトシ)くん。思春期の入り口でどんどん体が変化していく。変化していくって私も怖いなと思う。周りを見渡せば、浮気性なお父さんをはじめ、なりたい大人がいない。そんな彼の気持ちに乗っけて、自分の気持ちを書こうとシフトしたら、子供も大人も関係なく届くような今の形になった。
出版されてから、映画になるまでは早かった。若き女性監督が、「どうしてもこれを映画化したい」と動いてくれたからだと思う。そういう切実さが感じられる映画が、とても好きだ。
私は映画化の際に特別な注文はつけないし、撮影を見に行くこともしない。制作は映画のプロにまかせるのが一番だし、映画を作る人を尊敬しているので邪魔をしたくない。唯一お願いするのは、どんな部署でもいいので新人さんを使ってくださいということ。私も27歳のとき、編集さんに拾ってもらえたからデビューできた。そういう世に出るきっかけを一つでも作れたらと思うのだ。
プロはすごい。舞台の温泉地は架空の場所なのにぴったりのロケーションを見つけてくれたし、配役も見事でびっくりした。父親役の草彅剛さんは本当にうまくて色っぽいし、謎めいたオカアサン役のつみきみほさんは宇宙人に見える。美人とは宇宙人っぽいのだ!
『まく子』
小さな温泉街に住む小学生5年生の「ぼく」。子どもと大人の狭間にいるぼくは、「大人」になっていく女子たちがおそろしかった。そんなある日、コズエが突然やってくる。コズエはとても変で、とてもきれいで、なんだって「まく」ことが大好きで、そして彼女には秘密があった……。
2019年3月15日(金) テアトル新宿ほか全国ロードショー
出演:山﨑 光、新音、須藤理彩/草彅 剛
原作:「まく子」西加奈子(福音館書店 刊)
監督・脚本:鶴岡慧子
http://makuko-movie.jp/
(C)2019「まく子」製作委員会/西加奈子(福音館書店)
西加奈子(にし かなこ)
1977年テヘラン生まれ。エジプト、大阪育ち。2004年『あおい』で作家デビュー。『通天閣』(06)で第24回織田作之助賞、『ふくわらい』(12)で第1回河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14)で第152回直木賞を受賞する。16年に出版した『まく子』が映画化(鶴岡慧子監督)され、3月15日に公開。著書は『きいろいゾウ』『しずく』『地下の鳩』『おまじない』ほか多数。
映画『まく子』の魅力を
原作者と出演者が語る
2019.03.14(木)
構成=石津文子
撮影=若木信吾
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