こっこ10歳のいきいきとした罵詈雑言

 人気小説の映像化作品を観るとき、最も気になるのはキャストではないでしょうか。お気に入り小説となれば、なおさらです。

 配役は、作品の世界観を立体化するためだけに重要なのではありません。物語を引っ張る大切な役にどんな俳優を選ぶかは、製作と制作側の意図、本気度、センス、創造力などその作品にまつわるあらゆる覚悟を凝縮したものなのですから。東洋医学には、「部分即全体」という言葉があるそうです。身体の部位は、単なる一部分ではなく、お互いに関係性を持っていて、体全体すなわち見えない部分をも映し出しているという意味。だから、部分は即全体、その縮図であるということです。これを映画に置き換えれば、キャストは、つまり映画全体の縮図であり、すべてを代表している存在。例えば、役に合ってもいないアイドルを主演に据えたなら、そこには「作品の出来は二の次、三の次」という思惑が透けて見えてしまうというわけです。

多くの大人を子供時代に引き戻す、小憎らしくも魅力的な少女。

 映画『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』は、配役からして本気度がひしひしと感じられる作品。西加奈子による小説『円卓』を原作としているこの映画は、「主人公が本から飛び出した!」と思えるほどぴたりとはまった芦田愛菜をヒロインに据えました。引く手あまたの人気者を映画初主演として迎えるという必殺技も繰り出してみせたのですから大したものです。

 最大の見どころは、出身地の言葉、関西弁でいきいきと罵詈雑言を吐く愛菜嬢。小気味良いリズム、共演者との息の合ったやりとりには、10歳とは思えないほどのプロ根性を今さらながら感じます。ファンかどうかは別として、やはりこの少女の大きな存在感は認めざるを得ないのです。

大阪の狭い団地に8人で暮らす。その平凡な幸せが疎ましいこっこ。

 そんな彼女が演じるのは、両親、三つ子の姉、祖父母と暮らす小学3年生の渦原琴子、通称こっこ。明るく優しく、ちょっととぼけた家族に囲まれて暮らしています。渦原家の平凡な幸せを象徴するのが、タイトルにもなっている円卓。ぐるぐるとまわるテーブルは、惜しみなく平等に、家族全員に美味しい食事を、そして愛を届けてくれるのです。でも、そんな平凡すぎる暮らしがちょっと疎ましいこっこ。周りには、ものもらいで眼帯をしているから遠近感がわからない少女、親がボートピープルだった少年、在日韓国人で名前の読み方がふたつあるイケメン学級委員、吃音をコンプレックスに感じている幼馴染など、様々なドラマを抱える同級生がいるものですから、彼らに“かっこええ”と憧れを抱いてしまうのです。

 そんな彼女のひと夏の日常と成長を微笑ましく描いているのが本作。そういえば、筆者もかつてはそうでした。友人が骨折してギプスをしてきたとき、妙に羨ましかったものです。未知の世界への好奇心、大人への憧れ、思ったことを悪びれずに語る率直さは、子供の専売特許。子供らしさをぎゅっと凝縮したようなこっこを観ていると、あの頃を懐かしく思い出してしまうのです。

 多くの大人を子供時代に引き戻すであろう、小憎らしくも魅力的な少女を生み出した西加奈子の感性にも脱帽しきり。成長するにつれ忘れてしまいがちな童心をここまで鮮やかに描き出すとは。原作にかなり忠実な映画版では、相手の気持ちを想像する力が足りないがゆえに放ってしまう子供特有の本音すら、嫌味なくリアリティいっぱいに映し出す作者の瑞々しい感性、創造性に触れることができます。

関西弁で活き活きと罵詈雑言を吐く、小学3年生。この映画は「大阪から元気を全国に」と、大阪の民放5局が手を組んで制作し、撮影地となった大阪府内の自治体も応援している。

 こっこと仲間たちの言動を観ていてあらためて気づくのは、成長とは、何かを、そして誰かの気持ちを、想像=イマジンできるようになるということ。そう、大人になるってけっこう素敵なことなのです。今は、すぐそばにある幸せを疎ましく思うこっこも、実は平凡な幸せこそ得難いということに、多くのイマジン、多くの遠回りを経ていつか気づくことでしょう。と、ここまで来てふと思ったのは、本作は現代における『青い鳥』なのかもしれないということ。さあ、あなたもこっこと一緒に、青い鳥探しに出かけてみてはいかがですか。

『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』
原作は西 加奈子著。三つ子の姉をもつ琴子は、口が悪く偏屈な小学三年生。周りの価値観とぶつかり、悩み考え成長する姿をユーモラスに温かく描く感動作。文春文庫
(C) 2014「円卓」製作委員会
http://entaku-movie.jp/
現在全国ロードショー公開中

円卓

著・西 加奈子
本体470円+税 文春文庫

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牧口じゅん
通信社勤務、映画祭事務局スタッフを経て、映画ライターに。映画専門サイト、女性誌を中心に、コラムやインタビュー記事を執筆している。ドッグマッサージセラピストの資格を持ち、動物をこよなく愛する。趣味はクラシック音楽鑑賞。

2014.07.05(土)
文=牧口じゅん