対照的なアラサー女性2人の姿をヴィヴィッドに描き、香港で大ヒットした『29歳問題』。監督・脚本は舞台女優で、作家、演出家でもあるキーレン・パン。自分自身の悩みを投影したこの映画で、香港のアカデミー賞こと香港電影金像奨では新人監督賞に輝いた。アラサー世代、そして香港ポップカルチャー好きにはたまらない傑作を生み出した女性の素顔とは?

2005年という時代設定の理由は?

美しき知性派キーレン・パンは、よく話し、よく笑う。香港人らしさ全開だ。

――映画の設定を、2005年の香港にした理由を教えてください。

「私は1975年生まれで、自分が30歳になった2005年に、この映画の原作になる舞台『29+1』を初めて上演しました。そして2006年に再演することになったとき、主人公の設定を1976年生まれに変更したんです。でも、2008年にまた演じることになったとき、果たして主人公の生まれ年も合わせて変えるべきなのかどうか、自問したんです。3年違うと、好きなアイドルも違いますよね」

――ええ。具体的にはどんな風に違うんでしょうか。

「私の世代にとってのアイドルはレスリー・チャンやレオン・ライで、それを物語に取り入れている。でも3歳下の人たちのアイドルは、サミー・チェンとアンディ・ホイだったりする。そこで、このときから主人公クリスティを私と同じ1975年生まれで、2005年に30歳になる、という当初の設定に戻したんです」

――なるほど。

「もう一つ、2005年のままの方が良いと思った理由に、iPhoneの存在があります。もし2008年に変更したら、iPhoneを登場させないとならなくなる(注・初代iPhoneは2007年に発売)。それだと内容が全然変わってしまうので、舞台も、そして映画化するときも2005年のままにしたんです。いわば、一種の歴史ドラマにもなった。この映画に投資してくれた人が『2005年がこの映画のキモだよ』と言ってくれたのは、わかってくれているんだ、ととても嬉しく思いました」

完璧主義のクリスティ役のクリッシー・チャウは人気モデルでもあり、東京ガールズコレクションに登場したことも。

――キーレンさん自身が30歳になったとき、どう感じられていたんですか?

「30歳は私にとってもターニングポイントでした。28歳で所属していた劇団をやめて、29歳で映画と同じようにパリに行ったんです。そのときいろいろ考えて、自分で創作活動をしてみようと決め、舞台版『29+1』の脚本を書きはじめました。そして、30歳になった2005年に初演したんです」

――周囲の感想はいかがでした?

「ところが、観に来てくれた香港演芸学院時代の同級生の男子に『重たくて、重たくて』と言われてしまった。私自身がいろいろな『29歳問題』に直面して、どん底にいたので、生々しすぎたんでしょう。でも、初演と翌年の再演を観てくれた人から『初演より今回の方が軽やかで、とてもよかった』と言われたんです。ほとんど脚本を変えてはいなかったのに。たぶん客観的になれたし、悩みも解決していたので、楽しく演じられたんですね。40歳を過ぎて、今年久しぶりに演じましたが、今となっては、悩んでいた頃の自分が愛おしいです」

天真爛漫なティンロを演じるジョイス・チェン。亡き母リディア・サムもぽっちゃり女優として人気を博した。幼なじみ役ベビージョン・チョイは、いま一押しのイケメン!

――化粧品会社のキャリア女性クリスティと、夢見がちなレコード店員ティンロ。アラサーの2人は仕事、恋、年老いた親など、さまざまな悩みに直面しますが、冒頭は『セックス・アンド・ザ・シティ』を思わせるようなコミカルなトーンです。これは舞台版も同じだったんですか?

「実は舞台では、前半の45分はトークショー形式なんです。化粧品セールスって、お客さんとたくさん話すでしょう? その設定を使って私が観客とやり取りしながら、トークをするんです。あくまで私自身ではなくクリスティとしてお客さんと話すんですが、とるに足らない話をしながら、観客との距離を縮め、そこから本当の悩みを見せていくんです。冒頭の様子は、YouTubeで観られるので探してみてください」

2018.06.01(金)
文=石津文子