神が二物も三物も与えた19世紀前半のエリート画家
左:《カバリュス嬢の肖像》 テオドール・シャセリオー 1848年 カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper
右:《アポロンとダフネ》 テオドール・シャセリオー 1845年 ルーブル美術館 Photo (C)RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Philippe Fuzeau / distributed by AMF
ああ、すべてを持ち合わせているよね、この人。
誰の周りにも一人くらい、そういうタイプがいるはず。才能に溢れて容姿端麗、おまけに人を惹きつける性向でもあったりして。神はときに二物も三物も与えたりするものだ。
美術史上にも、そんな人物は点在する。ルネサンス時代なら、美青年かつ人柄もいいラファエロがそうだった。19世紀前半でいえば、テオドール・シャセリオーがこれにあたる。
幼少時から絵画の才を発揮したシャセリオーは、当時のフランス画壇の中心人物だったアングル門下に入る。ボスの覚えめでたく、16歳でサロンに初出品。自画像から察するに、クールでスマートな優男だったから、師や同僚、クライアントからの評判もさぞよかったことだろう。
37歳で早逝してしまうものの、ギュスターヴ・モローやシャヴァンヌら次代の画家らに大きな影響を与え、作品も存在感も、後世へと長く引き継がれていくのだった。
環境に恵まれたエリート画家なのは間違いない。ただ、才ある者ゆえの葛藤もまた多かった。当初は、アングル流の優美な古典主義的画風を会得し展開していたが、徐々に飽き足らなくなってくる。そうしてあろうことか、新興勢力たるドラクロワ流のロマン主義へと傾倒。アルジェリア旅行で大いに刺激を受けて、強烈な光と色彩を画面に取り込むようにもなった。
神話やシェイクスピア作品を題材にして、文学の香気を絵画に反映させることにも熱心で、当時としてはあまりにも独自の境地を切り拓いていった。結果、師匠アングルの怒りを買い、完全に袂を分かつこととなる。それでも画業はそこから洗練度と先鋭さを増し、古典主義やロマン主義といった流派を超えた価値を持つに至った。
上野の国立西洋美術館で開かれるシャセリオーの展覧会は、彼の画業の全体像を知る格好のチャンス。ルーヴル美術館の所蔵品を中心に、絵画約40点、素描や版画など約40点が一堂に展示される。画面いっぱいに広がる華やかな色彩はバランス感覚に満ちて、テーマや構図は叙情性を湛え、人物の表情はどれも艶っぽさが漂う。それらを一枚の絵画のなかへ収めるための、確かな技術力もひしひしと感じる。総じて夢見心地にさせてくれるような作風だけど、理知的な面が常に見え隠れして、画面が甘くなりすぎないのもいい。
日本はもとより世界的にも、シャセリオー作品がまとまって紹介される機会は限られる。これを機に「私の偏愛アーティスト」のラインアップに、彼の名を加えてみては。
『シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才』
会場 国立西洋美術館(東京・上野)
会期 2017年2月28日(火)~5月28日(日)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.nmwa.go.jp/
2017.02.11(土)
文=山内宏泰