熊本城の惨状に心が痛んだ

藤崎八幡宮の近くにある、夏目漱石「第六の旧居」。壁の傷跡は目立つが健在だった。

 できれば被害の大きかった南阿蘇まで行って、いろんなところがどうなっているか確かめてみたかったんだけど、幹線道路が寸断されたままになっていて、往復の時間が計れなかったので、残念ながら今回は訪問することができなかった。見事なトピアリーを巡らせた県道沿いの焼きトウモロコシ屋さんは無事だったかなと案じていたのだが、地元の方の話に拠れば、たいした被害もなく、あのトピアリー群はいまだ健在であるということだった(よかった)。

 でもなにより心が痛んだのは、熊本城の惨状だった。今回とくべつに熊本県庁と熊本市役所のご厚意によって、一般の人は立ち入ることのできない熊本城内のエリアを案内して見せていただいたのだが、その被害のあまりの大きさに一同、まさに言葉を失ってしまった。これまでテレビのニュースで見たり、新聞・雑誌の写真でひととおり見てはいたのだが、自分の目で実際に見るその崩壊のすさまじさは、とてもとてもそんなどころじゃなかった。

熊本城内は現在も多くの部分に立ち入ることができない。9月現在、天守閣復旧のため、重機の動線のためのスロープを設置する工事が進められている。

 僕らが訪れたときには、崩れた石垣をひとつひとつ積み直し(残された写真を参照して、ばらばらになったすべての石に番号を振り、ジグソーパズルをはめていくみたいに正確に再現する)、倒れた塀を元通りに立ち上げ、歪んだ建物をまっすぐにしていくという、気の遠くなるような作業の見通しがようやくついたところだった。これから重機が運び込まれ、具体的な再建工事が開始される。気の遠くなるような大変なお仕事だと思うけど、がんばっていただきたい。「この瓦礫の山の中から、本当にあの美しいお城が再現できるのだろうか」とつい心配になってしまうのだが、熱意と技術力を結集すればきっとうまくいくと思う。そして熊本城再建が、おそらくは熊本復興の大きなシンボルになっていくことだろう。

熊本城内は現在も多くの部分に立ち入ることができない。9月現在、天守閣復旧のため、重機の動線のためのスロープを設置する工事が進められている。

 僕と都築響一くんの最初の熊本訪問は、吉本由美さんの在住する熊本(生まれ故郷だ)を訪れて、ひさしぶりに3人で「するめクラブ」のリユニオンみたいなことをやろうか……というような、ごく気楽な気分から出てきたことだったのだけど、その後まもなくあの大きな地震が起こり、「これは僕らとしてもなんとかしなくては」と思って、このように『クレア』誌面を借りて「するめ基金」を立ち上げ、及ばずながら熊本復興をお手伝いさせていただくことになった。すべては行きがかりというか、ご縁のようなものだ。でもそういうものこそ、やはり大事にしていきたい。

 それほどたいした役にも立てないかもしれないけれど、僕らとしてもできるだけのことはやりたいと思っています。熊本のみなさんも、ずいぶん大変でしょうが、それぞれの場所でがんばっていただきたいと思います。それから「するめ基金」にご寄付いただいた全国のみなさんには、心からお礼申し上げます。おかげさまで予想していたより遥かに多くのお金が集まりました。関係者一同に成り代わりまして、深く感謝します。ありがとうございました。

» CREA〈するめ基金〉熊本とは?

村上春樹(むらかみはるき)
1949年、京都府生まれ。79年『風の歌を聴け』でデビュー。最新の長篇小説は2013年の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、長篇エッセイは『職業としての小説家』。

都築響一(つづききょういち)
1956年、東京都生まれ。93年、『TOKYO STYLE』を発表。96年、『ROADSIDE JAPAN』で第23回木村伊兵衛写真賞を受賞。有料メルマガ『ROADSIDERS' weekly』を毎週発行。

吉本由美(よしもとゆみ)
1948年、熊本県生まれ。作家・エッセイストにして『anan』『Olive』『クロワッサン』で活躍したスタイリスト。著書に『みちくさの名前。』など。熊本発文芸誌『アルテリ』で久々に小説を発表。

CREA〈するめ基金〉熊本

2016.12.08(木)
文=村上春樹
撮影=都築響一
旅の案内=吉本由美

CREA 2016年12月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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