「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告(前篇)
 文=村上春樹

早川倉庫でイベント参加者のみなさんと。

 今年4月のあの地震を間に挟んで、1年3カ月ぶりに目にする熊本市内はずいぶん様変わりしていた。まず最初に感じたのは、ずいぶん建物の数が減っているなということだった。まるで櫛の歯が抜け落ちたように、通りのあちこちに空き地が目につく。隣家を失ってむき出しになった建物の側壁も生々しかった。そしてコイン・パーキングの数がずいぶん増えたみたいだった。たぶん空き地にしておくよりは、ということで駐車場が増えたのだろう。だから街に全体的に「すかすかしている」という雰囲気が漂っている。そしてもちろん、まだ取り壊されていない(あるいは修復されていない)多くの傷ついた家屋があちこちに残されている。ほとんど倒壊寸前のものも少なくない。胸塞ぐ風景だ。

熊本市内。中心部には通称”赤紙”の貼られた家屋や空地が目立つ。赤紙は、熊本市による「応急危険度判定」により「危険」と判断されると貼られる。 該当部分の安全処置・修理等を行えば使用継続可能な場合もある、というのが市の見解。

 熊本市在住の吉本由美さんは「大きな建物が突然なくなって、見慣れた風景ががらりと違うものになってしまって、そのことにとても驚かされる」と言っていたが、その気持ちはよくわかる。僕も阪神・淡路大震災のあとしばらくしてから神戸と芦屋を訪れて、「ああ、昔とはずいぶん眺めが違うものだな」と驚いたことを覚えている。それはもう僕が心の中にとどめている故郷の街ではなかった。たくさんの家屋が崩れて空き地になり、そこに新しい建物が建てられていく。古くからあったお店が消え、新しいお店が生まれる。そのようにして新しい街が作られていく。

 熊本の街を見ていると(今回は市内しか見られなかったけど)、そういう災害によって「傷つけられた街」のひりひりとした痛々しさを肌に感じるのは言うまでもないことだけど、それと同時に、それでも新しく再生していこうという「立ち上がる街」の新鮮な息吹のようなものを、そこかしこに感じとることもできた。

 あるいは人々の「平常復帰」への強い意志というか。

2016.12.05(月)
文=村上春樹
撮影=都築響一
旅の案内=吉本由美

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