「書く」ことで感じる幸せがある

「書きたくなくなることはないと思う」という砂田さん。

――作家の方も専業になると、書く場を与えられるから書く、というように聞きますね。

西川 私も連載なんかはそういう部分がありますね。

砂田 私も依頼されるのって、本当に幸せなことだと思います。書くことに関しては。

西川 書かされてる、ってすごく幸せなのよ、多分。誰かに頼まれて書かされているというのは、実は幸せなこと。頼まれてもいないのに書くというのは、すごくしんどいことだと思う。

砂田 特に西川さんも私も、幸運なことに映画では常に自分発信なわけですよ。そこに、この日までにこれを書けってSっぽく言われるのは、どこか気持ちがいい。

西川 そりゃ楽よ、人のせいに出来るんだもん(笑)。私はたまにCMを撮らせてもらうんですけど、すごく気持ちが楽なんですよ。いつまでに作ってほしい、っていう人がいて、その人たちがPRしたいことがあるから、もう半分出来ちゃっているようなものなんですよ。

砂田 映画の場合はデッドラインがあっても、そこはゆるやかですもんね。

西川 CMの最終着地点は視聴者の方が観て関心を持つかどうか、なんだけれども、雇われディレクターの私の勝手な立場から言えば、クライアントさんが満足してくれればそこで自分の仕事は終わる。つまり、お客さんの顔が見えている。それがすごく精神衛生的に良いわけですよ。私の場合、映画は自己発信で、いわば誰に求められているわけでもないのに企画して、作り始める。その気持ちの不安定さといったらないわけで。だから、頼まれた書き仕事は気持ちいいんです。でもそれがギチギチに重なっちゃうと辛いし、重たい仕事になってしまうので、小説家にはなれないんですけど。でも、ほどよく詰まっている分には気持ちいいんです。

砂田 私もYさんに「なんでも良いから、紙を出せ」って言われたんですよ(笑)。企画書でもなんでもいいから書いて、っていうことなんですが、それで書くことが出来た。「何が私は書きたいの?」って自分の中でぐるぐるしているだけなら、書けなかったでしょうね。

――「書け!」って言ってもらえるというのは、小説家でデビューしたい人からすると、とても幸せなことですよね。

砂田 本当に幸せなことだなあ、と思います。そう言ってくださる人がいるのは。

西川 私たちみたいな門外漢が書かせてもらえるなんてね。

砂田 私と西川さんとを一緒にしちゃいけないですけど。

――自分で書いた小説を映画化、もしくは映画を小説にする、というサイクルがほぼ確立されているというのは映画監督としてある種の理想なのでは? うらやましいと思う人が多い気がします。

西川 もしそう言う監督がいたとしたら、やろうと思えばきっと出来ますよ。でも、来ちゃった仕事を先に全部受けちゃうと出来ないと思う。私、受けないですもの、映画は。今のところは。受けないでいたから、自然とそうなった。

砂田 そこは、分福(おふたりの所属事務所)は厳しいですよね。そういうカルチャー。

西川 何が厳しい?

砂田 世の中の一般論として、仕事は断らない、っていうのが基本にあるじゃないですか。

西川 あ、そうなの?

砂田 そうですよー(笑)。特に若いうちは、仕事が来てるうちはなんでも受けなさいって、言われますよ。でも是枝さんはそういう考えじゃないんですよ。ときどき、私は不安になるときもあるんです。生活もあるし、こんなに言ってくださっているし、っていうんで時にはお引き受けするんですが、私はすごく巻き込まれがちなんです。そうすると、是枝さんに「お前が今するべきことはそれなのか?」ってチクリと言われるんです。

西川 私も自分発信だけではなく、来た仕事を受けるというのはいいと思うんですよ。自分の中からは出ないものに出会うし、いろいろな人とも絡めるから基本的にはいいと思うけれど、それに取り込まれちゃうとねえ。でも、どっちでもいいんじゃない?(笑)。ただ、自分が気持ちよくない仕事をすべきじゃない、というのは分福にはあると思います。やらされてる、というようなことを言い始めると、仕事って腐るじゃないですか。

砂田 そうですよね。

西川 だから、受けてる仕事でも、自分で企画した仕事でも、楽しんでやれていればどっちでもいい。

砂田 私の周りには仕事の愚痴を言っている人があまりいないですね。そりゃ、つまらない愚痴は言いますよ、眠い、とかね。でも、基本的に自分が受けた仕事に対して、後ろ向きな発言をする人はいないです。

西川 あなたの助手以外はね(笑)。

砂田 仲良しですよー、仲良し! いまは(笑)。

西川 いやいや、これは世の中に訴えておかないと。ウェブを使って(笑)。

 西川さんの舌鋒鋭い突っ込みを受けても、ひらりとかわす砂田さん。おふたりのフィクションへの似て非なるアプローチや、仕事への真摯な取り組みを伺うと、聞き手としては自分のダメさを恥じ入りたくなるが、次回は、そんなダメな人間を主人公にした映画『永い言い訳』についてのお話へ――。

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。早稲田大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(1999)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、『蛇イチゴ』(2002)でオリジナル脚本・監督デビュー。長編2作目となる『ゆれる』で第59回カンヌ映画祭監督週間に出品、第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか数々の賞を受賞。撮影後に初の小説『ゆれる』(ポプラ社/文春文庫)を上梓。映画作品に『ディア・ドクター』(2009)『夢売るふたり』(2012)、小説作品に『きのうの神さま』(ポプラ社)『その日東京駅五時二十五分発』(新潮社)『永い言い訳』(文藝春秋)など。2016年10月14日(金)より最新映画『永い言い訳』が全国公開。

砂田麻美(すなだ・まみ)
1978年、東京都出身。初監督作品のドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011)で日本映画監督協会新人賞を受賞。2作目となる『夢と狂気の王国』(2013)では『風立ちぬ』制作中のスタジオジブリに1年間密着。監督業と並行して小説『音のない花火』『一瞬の雲の切れ間に』(ともにポプラ社)を上梓。『一瞬の雲の切れ間に』は、“「本の雑誌」が選ぶ2016年上半期ベスト1”に選ばれた。

『永い言い訳』
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻・夏子(深津絵里)が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族――トラック運転手の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思い付きから幼い彼らの世話を買って出る。子供を持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが……。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
アスミック・エース配給
2016年10月14日(金)より全国ロードショー
http://nagai-iiwake.com/

永い言い訳

著 西川美和
本体650円+税 文春文庫

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一瞬の雲の切れ間に

著 砂田麻美
本体1,400円+税 ポプラ社

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