過干渉な母親と、我が道をゆくジョナの強さ
――ストーリーの根幹を成すキーワードが先にあって、ジョナの設定はどのようにできていきましたか?
松虫 それには、まずジョナのママの話をする必要がありますね。ジョナのママは、はたから見たら「やさしいお母さんじゃん」と言われるタイプ。でも、実際は過干渉です。ママは子どもを過干渉することによって満たされている。
そういう家庭環境ゆえに、ジョナはできることが少ない。包丁で林檎を切れなかったりする描写もありますが、ママと共依存気味である子を考えました。ママのキャラクターは、ほとんど私の母親そのままです。描いてみて、私のお母さんってずいぶんパンチ強いんだなとわかりました(笑)。
――ということは、松虫さんの体験が反映されているところも多いのでしょうか。
松虫 はい。私の母はまさにジョナのママみたいに、料理をたくさん作って食べさせようとして、残すとしょげる。「やってあげる」ことにアイデンティティを感じているんですね。いっぱい食べたら当然太るわけですが、一方で「やせなさい」と言っちゃうんですよね。
――ママの支配下に置かれているようなイメージですが、ジョナは自分を被害者的にとらえていないように感じます。「自分より太った人を見つけて安心している自分に気づく」など、冷静で客観的。そこが新鮮に感じられます。また、田舎で派手な服を着て目立ってしまうことに臆さないあたり、自分を貫く強さを持っているのかなと。
松虫 自分の好きなものを選ぶというのがジョナの一番のアイデンティティだと思います。
――「派手な服が教師らしくない」と言われたら、「服装に決まりはないですよね」と真っ当なことを言い返せるあたりも強いです!
松虫 「先生らしい服を選べ」って言われても、選べないんじゃないですかね。ママにはあまり言いたいことが言えないふうに描いていますが、ほかの人に対しては言われっぱなしではないですね。思い返すと自分が描いてきた女の子のキャラクターって、そういうところがあるかもしれません。「言われやすい」けど、転んでもただでは起きないような。そういう子が好きなんだと思います。
外見にコンプレックスがあっても、自分と他人を無意識に比べてしまっても「自分を認めたい」。まわりの価値観に合わせるための努力はしたくない。ジョナはそんな子だと思います。
――「自分を認める」という言葉は、とてもフラットで現代的に聞こえます。「自分を肯定する」とはまた違いますね。
松虫 この先の3巻に入る内容ですが、ジョナがママに今まで言われて嫌だったことに対して、「いつものことだ」と受け流してきたけれど……今までの自分を振り返って「やっぱり自分は傷ついていた」と気づくシーンがあるんです。
「満たされないことと向き合う」って、「満たされないせいで自分がしている言動に気づく」ことから始まると思って描いています。
