実家のひじきの煮物を食べたくて猛特訓

――その後、芸人を目指して大阪に出るわけですが、食文化の違いは感じましたか?

 関西人はたこ焼きやお好み焼きってめちゃめちゃ食べるって知られてるますけど、大阪に出てこんなにお店が多いんやと驚きましたね。

 僕はそんなに食べて育ってなかったというだけで、滋賀でもたとえば小学生の頃、土曜日に3限で授業が終わって昼前にみんなで帰る時に「今日お好み焼きやねん」って言うてる子もいたので、ほかの家庭では滋賀でも食べてたやと思います。うちは1、2回、母親が焼いてくれた記憶しかないですね。

 大阪に出てから、たこ焼きやお好み焼きもちょいちょい食べるようになりましたけど、大人になると子供の頃に嫌やったものが好きになるじゃないですか。結局、今は煮物や魚が好きなんですよ。味噌汁、納豆、大根おろし、漬物とかが一番好きですね。

――そういう中で、実家に帰ると必ず食べるものはありますか?

 郷土料理ではないんですけど、母親の作るひじきの煮物ですね。うちは炊き立てのひじきの煮物が、でっかい皿にドーンと盛られてたんですよ。あんまり意識してなかったんですけど、当時の僕はそれをご飯に盛り盛り乗せて、4、5杯食べてたみたいなんです。

 大阪に来てから、うわぁ、俺、むっちゃ好きやったやん、あれって気づいて。食べられなくなるんは嫌やな、覚えておきたいと思って、母親のひじきの煮物を作れるように特訓した時期がありました。うちのはちょっと濃いめの味つけなんです。

――Instagramのストーリーズに、一時期、大量のひじきの煮物をあげていたのはそれだったんですね。レシピを教えてもらったんですか?

 レシピと言ってもなんとなくでしか味付けしてないから、「醤油をぐるっと1周や」とかを電話で聞いて。舌が味をうっすら覚えてるから、もうちょい甘めかなとか試しながら作っていきました。味を近づけることはできるんですけど、最後にきれいな艶を出すのがどうしても難しくて、母親ってすごいなと思いましたね。今は(パートナーである宇都宮)まきさんに食べてもらったり、説明したりして、その味でひじきの煮物を作ってもらうようになりました。

 おばあちゃんが作るちらし寿司も好きやったんですけど、おかんも周りの人も全員習わんまま、おばあちゃんが亡くなってしまって、もう一生食べられないんです。それもあって、ひじきの煮物は習っておこうと思ったんですよね。

――ちらし寿司はどんなものだったんですか。

 何が違ったんやろ? とにかく酸味が立ってなくて、ふわっと甘いところが好きやったんです。具だくさんで、しいたけ、ピンク色のかまぼこ、グリンピースとか入ってました。小学校くらいに食べたのが最後なんですよね。

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