安室奈美恵やSPEEDに影響を与えた張本人
しかもサウンドだけではありません。『コントロール』に収録されている「恋するティーンエイジャー」(What Have You Done For Me Lately) という曲は、“あなた付き合ってるって偉そうにするけど、最近私に何してくれたの? 何もしてないわよね?”っていう強気な女の子の歌です。
幼いころジャネットは自分の容姿をコンプレックスに思っていました。3人いる姉妹の上ふたりのリビーとラ・トーヤは超美人。しかもジャネットは最も太りやすい体質でマイケルから“DONK”(ロバ)というあだ名を付けられ、“なんでジャネット、お前はそんな太ってるんだ?”とからかわれていたんですね。その後も若くしてダメな亭主につかまり、ゴシップのネタになって、いまでいうバカセレブみたいな扱いをされていたんです。
そんな彼女が勇気を振り絞って立ち上がり、自身の傷も含めスターになっていったというわけです。
新しいサウンド、そしてリアルな女の子の心情を赤裸々に綴った歌詞。90年代J-POPのメインストリーム――安室奈美恵さんやSPEEDといった沖縄アクターズスクール勢に憧れた日本の若い女の子たちが“ダンスをやりたい、歌いたい”という目標を持ったきっかけはジャネットだったと僕は思います。
ニューヨークで育った宇多田ヒカルさんのデビュー曲「Automatic」の中にもジャネットっぽさがありますね。それにジャネットはそもそもマイケルの妹でもあるから、彼の遺伝子であるモータウンっぽさも当然入ってる。さらにプリンスっぽさ、つまりミネアポリス・ファンクっぽさも感じられます。
僕が今年書いた『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』は、マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが作詞・作曲、クインシー・ジョーンズがプロデュースを担当し、有名アーティストが多数レコーディングに集結したチャリティ・ソング「ウィ・アー・ザ・ワールド」が完成するまでの舞台裏を紹介すると同時に、同曲が発表された1985年に“ポップスの時代が終わった”ことを示した本です。
じゃあ、86年に何が始まったかというと、RUN DMCの「ウォーク・ディス・ウェイ」に代表されるヒップホップであり、ジャネットの『コントロール』だったわけです。90年代の夜明けであり、むしろそこからは現在までそんなに変わってないんじゃないかというぐらい、すごく大きな変革だったなと僕は思っています。
2015.12.23(水)
文=秦野邦彦
撮影=榎本麻美