バリ島のリゾート開発の歴史を振り返る

愛犬と一緒に海辺の時間を楽しむローカルの女性。

 遊びで行った時に滞在するのは、もっぱらロスメン。当時の定宿は1泊1,500円くらいで朝食付き。朝起きると、客室のドアの前にスタッフが運んだトーストと卵料理、そしてコーヒーが置かれていました。プラスチックの椅子に座ってトーストをかじり、バイクの騒音と埃っぽい空気に包まれながら、海へ行く以外予定のない一日の朝を迎えたものでした。

物売りおばちゃんも、付き合い方次第で頼りになる友達に!?

 当時、クタビーチはパレオを売ったり、マッサージをしてくれる物売りおばさんの全盛期で、強烈なセールス攻撃に辟易してしまうことも、たびたび。しかしその反面、顔見知りになった物売りおばさんたちからは、ボディボードをしている最中に荷物を見張っていてくれたり、雨が降ると木陰に移動しておいてくれたりといった親切を受けることもありました。

左:バリ・ヒンズー教が暮らしにしっかりと根付いているバリ島。ビーチで儀式を行っている場面に出くわすことも。
右:櫓を組み、祈りを捧げるバリニーズ。正装姿は女性はより女性らしく、男性はより精悍に見えるから不思議です。

 やがて、クタビーチは美化のために、ビーチと通りを区切る塀が建設され、物売りおばさんたちも一時姿を消した時期も。その頃、過密化したクタビーチからヴィラ群は北上してスミニャックへ移行。サンセット・ロードができたことで空港からクタを飛び越えたスミニャックへのアクセスもグッと便利に。

 さらに年々開発の波は北へと加速してウマラス、今はチャングーに新しいヴィラやカフェが増加しています(一方で、南下してバドゥン半島突端も、開発が進行中)。

2015.11.14(土)
文・撮影=古関千恵子