クアラルンプールの語源は「泥の川の交わる所」

英国統治時代にイギリスから運ばれてきたヴィクトリア様式の噴水。水は富の象徴だという。

 KLシティ・ギャラリーの並びには「国立音楽博物館」や「国立テキスタイル博物館」など、20世紀初頭に建てられた建物が続く。

「国立音楽博物館」もムガル建築のアーチ。いずれも、とてもきれいに保存されている。
「国立テキスタイル博物館」のバティックの展示。ろうで模様を布地に描き、染料で色を着けると、ろうの部分はきれいに白く染め抜かれる。

 いずれもアーチの形やドームなどがムガル帝国の建築様式を見せてエキゾチック。国立テキスタイル博物館では、マレーシアのバティック(ろうけつ染め)の方法や各民族の衣装、州の君主であるスルタンの服の見事な刺繍などが展示されている。

「泥の川の交わる所」の語源の場所に立ち、当時にあった英国の建物などを見せて解説するガイドさん。

 マレーシア語でクアラルンプールは「泥の川の交わる所」という意味。この語源となった2つの川が合流する地点には、「ジャメ・モスク」が立つ。当時は、合流した川を挟んで左岸には英国の、右岸には中国の所有する建物が立っていたという。ジャメ・モスクは、セランゴール州のスルタンが建てたのだが、建築家はなんとA・B・ハバックという英国人。マレーシアが古くから多様性を持っていたことが窺える場所だ。

左:「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」のドームは、ピカピカに磨かれた真鍮だ。
右:地面には馬止めの跡が残る。

 大通りに立つ美しいレンガの建物は「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」。こちらも英国の建築家A・C・ノーマンによるもので、1897年に完成した当初は連邦事務局が入っていた。約41メートルの時計台とムーア様式のドームが対をなすレンガのビルは、当時のままの姿を今にとどめて実に優雅。中にマレーシア政府観光局のインフォメーション・センターがある。

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2015.09.01(火)
文・撮影=小野アムスデン道子