長渕剛は和製ブルース・スプリングスティーン?
伊藤 今の長渕剛しか知らない人にとっては彼と優しいラブソングってリンクしないですよね。「とんぼ」でヤクザイメージがついて、その後ヤクザ俳優としてどんどん活躍するにつれて、アーティストとしても武闘派になっていった感じがあるけど、個人的には長渕剛は“ヒョロッとした長髪のフォークシンガー”のイメージが強くて、楽曲的にも「とんぼ」や「乾杯」よりも「巡恋歌」や「順子」が好きでしたね。
山口 キャッチーという言葉は似合わないかもしれないけれど、一度耳にしたら忘れない曲ですよね。いつのまにか、肉体を鍛えあげて、マッチョの代表みたいな存在になりました。やはり、いつの間にか「番長」と言われるようになったプロ野球選手の清原和博の登場曲が「とんぼ」で、引退試合で長渕剛が生で「とんぼ」を歌ったのも話題になりました。
伊藤 そうなんですね。「富士の国」の音源を聴かせてもらいましたけど、とにかくアツい。ライブ音源だから余計にアツいんだけど、鳥肌が立ちましたね。ロックのアツかった頃を思い出させられるような、なんだか和製ブルース・スプリングスティーンって言葉が思い浮かんだ。長渕剛は長渕剛にしかできないスタイルで、しっかりと日本の音楽を育てていると感じました。
山口 クールなイメージの伊藤さんが、この熱いメッセージに共感するというのは、意外に感じます。好例の「妄想分析」は、どうなるんですか?
伊藤 ばあちゃんの話だとここは焼け野原だったらしい。でもばあちゃんはその頃の詳しい話はしたくなさそうなので、こっちも聞かない。じいちゃんのことはモノクロの写真でしか見たことがないし、まるで教科書に載っている人物のようで、自分とのつながりは実感できない。もちろん、戦争で死んだ。両親とも戦後の生まれで、どちらかというとバブル時代の被害者という感じだ。小さい頃、『火垂るの墓』を観たけど、良く意味が分からなかった。見上げると母親が泣いていて、なんかいつもと違った空気だったのを憶えている。
20歳の時に付き合っていた彼女がスタジオジブリのファンで、『風の谷のナウシカ』を宮崎駿と一緒に作った高畑勲が作ったアニメが観たいといってレンタルビデオ屋で『火垂るの墓』を借りて観た。一度涙が零れたら、何度も何度も溢れてきた。彼女の目も気にせずに号泣した。彼女も泣いていたけど、こっちがあまりにも激しく嗚咽したので引いていたようだ。2週間後には彼女と別れてしまった。
今は司法試験を受けるために勉強している。この3カ月は落ち着いて勉強したいといって、ばあちゃんの家で2人暮らしをさせてもらっている。毎日3食食べる規則正しい生活、ばあちゃんの作る食事は質素だけど、今の自分には合っていると思う。食事のときにニコニコしているばあちゃんをみていると、なんだか胸がグググッと震えるようになるときがある。今日のご飯がうまく炊けたとか、漬物がよく漬かっているとか、名前も知らない植物のお浸しのこととか。そんな話なのにグググッと震えてしまう。だからいつも、美味しいね、としか言えない。ほんとうは聞きたいことが沢山あるのに。
山口 日本人の原風景というところで繋がっていますね。「富士の国」もこの妄想分析も、好き嫌いは別にして、健全なナショナリズムを感じます。
長渕剛「富士の国」
ユニバーサル ミュージック 2015年6月22日発売
[CD+DVD]1,852円(税抜)
■表題曲およびカップリングの「明日へ続く道」は、ともに最新ツアーの一環として2015年4月に山梨県のコラニー文化ホールで行われたライブでの音源を収録している。「長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ 2015 in 富士山麓」は、静岡県富士宮市のふもとっぱらにて8月22日(土)に開催される。
■「富士の国」作詞・作曲/長渕剛
■オフィシャルサイトURL http://www.nagabuchi.or.jp/
■長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ 2015 in 富士山麓 オフィシャルサイト
URL http://nagabuchi2015.com/
2015.06.13(土)
文=山口哲一、伊藤涼