中年男の衝動と世相とをぎゅう詰め。傑作冒険活劇
今月のオススメ本
『私はテレビに出たかった』松尾スズキ
恭一が衝動のままに登録した俳優養成所には、『老人賭博』に登場したあの面々も……。14ある章タイトルはすべて過去のドラマから取っているなど、あふれんばかりに盛り込んだ、小ネタや言葉遊びが随所に。それらがシナプスのようにつながっていくのも快感!
松尾スズキ 朝日新聞出版 1,800円
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2013年上半期のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」出演と時期を同じくして、『私はテレビに出たかった』の新聞連載もしていた松尾スズキさん。
「テレビに出てるのに、小説でも『出たい、出たい』と騒いでいる。なんだ、この状況は、と我ながらおかしかったですね」
本書の主人公は、外食チェーンに勤めるテレビ嫌いな40代、倉本恭一。ひょんなことから自社CMに出演することになったのだが、撮影当日に大遅刻。オフィス街を全力疾走している場面から物語は始まる。
「恭一にはテレビに対するあるトラウマがあり、それを走っている肉体のリズムで思い出してくる。人生に満足していなかったと気づき、逆に『テレビに出たい』という妄執に取り憑かれてしまう。いい年をして衝動に突き動かされる男というアイデアを思いついたのは10年以上前ですが、エベレストに登りたいとか世界一周したいとか、いかにも中年が夢見そうな目標ではなくてくだらないものだとオレっぽいなと思って」
だが、そんなドタバタだけの物語だと思ったらさにあらず。テレビに出るという欲望を前に、妬む者、諦めた者、冷めた者、矜恃を手放さない者……、業界に関わる人々の、実に多彩な面が表出してくる。
その一方で浮上する、恭一の妻の切ない過去や、小5の娘エリカのイマドキっぽい悩み。芸能界の光と影、教育現場の問題、ネット犯罪などが有機的に絡み合い、愛を謳う圧巻のラストへとなだれ込む。
「芝居でも、まず各キャラのバックボーンを考え、伏線を張りつつ全体を組み立てていくやり方で書くことがあるのですが、それが今回はうまくいったと思っているんです」
そんな中、恭一や人気子役の神山康介らは、神や運命について考えざるを得ない場面にもぶつかる。
「小学生のときに、神さまに操られているという妄念に取り憑かれたことがあるんです。神が意図した一挙手一投足のままに人は動いているのだ、ならばオレは神さまが思いつかないようなヘンな動きをしてみようと思って遊んでいました(笑)。その変な動きがいま、舞台とかで生かされている部分はありますね。そもそも、『神の予測を裏切る』というのは、自分の芝居のテーマにもなっています。僕もサラリーマンになるために上京したのに、結局は芝居を続けている。どこかに神的な存在を感じ、運命にさからっている気がすることはありますね」
松尾スズキ (まつおすずき)
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優、脚本家、映画監督。88年に「大人計画」を旗揚げ。作家としては、2010年『老人賭博』が芥川賞候補に。14年4月4日(土)に監督最新作『ジヌよさらば~かむろば村へ~』が公開予定。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2015.03.05(木)
文=三浦天紗子