クマはそれ以上の攻撃を加えることなく、そのまま立ち去ったのである。長い時間に思えたがクマに遭遇してから立ち去るまで、せいぜい1、2分の出来事だった。

 クマの気配が消えたことを確認すると、真野は首にかけていたタオルを頭の咬傷にあてがい、止血の応急措置を行った。アドレナリンが出ているせいか、不思議なほど痛みは感じなかった。

「実はここからが長かったんです」

 続いて、携帯電話を取り出し、警察に電話をかけようとしたが、あちこち血まみれで指が滑ってなかなかキーを押せない。やっとの思いで「1・1・0」を押し、クマに襲われたこと、救助を求めていることを伝えた。

「ただ所轄の警察ではなく、中央の指令センターのようなところに繋がったので、こちらの位置を伝えても、むこうに土地勘がないんですよね。なかなか伝わらなくて、往生しました。ただ、その電話では救急車の手配まではできないと言われまして……」

 電話を切って、改めて消防に連絡しようとしていたところに、電話がかかってきた。

「なんか『クマに食われた人がいる』って連絡があったんですが、本当ですか?」

 警察から連絡を受けた千歳市消防本部からの電話だった。

「実はここからが長かったんです」

羆を撃つ

2026年9月25日
定価 2,200円(税込)
文藝春秋
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