2025年、日本におけるクマによる人身事故の被害者は238人、そのうち13人が死亡。いずれも統計開始以来、最悪の数字だといいます。ここでは、迫りくる獣害の実態とそれに立ち向かうハンターたちの死闘を描いた『羆(ヒグマ)を撃つ』(伊藤秀倫 著、文藝春秋)を一部抜粋して紹介します。

 ヒグマに頭を噛まれて生還した男性が語る、絶体絶命の瞬間とは――。(全2回の前篇/続きを読む)

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 2014年10月11日。その日、北海道千歳市在住の真野辰彦(59)は、キノコ採りのために千歳市藤の沢の山林に入っていた。

「30年キノコ採りをやっていて、その林には年間40回ぐらいは入ってました。ヒグマのフンや足跡は見たことがありましたが、ヒグマを目撃したことはありませんでした」

 傍らには愛犬の「ブンタ」がいる。時刻はまだ早朝とあって人気はない。

「キノコって、生える場所が決まっているでしょう。だから争奪戦なんですよ」

 例えば、ある場所で見つけたキノコがまだ小さいので、来週改めて採りに来ようという場合は、そのへんの草を被せて隠しておくのだが――。

ブンタの姿が見えなくなっていた

「翌週その場所に行って草を払ってみると、お目当てのキノコがない。被せていた草が茶色く変色していたので、かえって他の人の注意を引いて先に採られちゃったんですね。それだけ熾烈な争奪戦になる。なので、山には早朝から入るんです」

 現場はマツの造成林と自然林が入り混じった山林で、真野にとってはどこにどんなキノコが生えているかを知り尽くした“ホームグラウンド”でもある。

 普段はシイタケ専門だという真野だが、この日はシーズンを外れていたこともあり、「山のフカヒレ」の異名もあるムキタケに狙いを絞った。

 その狙いは当たって、昼までに結構な量が獲れた。

 犬のブンタは真野がキノコを採っている間は、自由にあたりを散策するのが常だった。この日もいつの間にか、その姿は見えなくなっていた。

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