父親として涙が止まらなかった
にっぽんの伝統はどのように継承されていくのか。歌舞伎界で最高峰の存在である「市川宗家」をドキュメンタリーで迫った映画『襲名』が9月25日に公開される。市川團十郎の襲名において初めての延期や、十三代目市川團十郎白猿(48)と長男・勸玄こと八代目市川新之助(13)が挑んだ親子共演の舞台など、鬼才・三池崇史監督が滅多にカメラが入ることのない舞台裏まで映像に収めた。完成された映画を前に團十郎、新之助がそろってCREA WEBへ特別に語ってくれた。
誰も入れない楽屋に入ってきたのは…
――このたびの映画化の経緯をお教えください。
團十郎 父が世を去ったのも新之助が生まれたのも2013年。襲名の話はじつは2009年ごろからありましたが、もうちょっとゆっくり、後でいいという感覚でした。父が思いがけず早く旅立ったのでその後改めて襲名の話があり、記録として映画を撮る話も持ち上がりました。映画では海老蔵が團十郎になるのをリアルに同じ時間軸で追っています。九代、十一代、十二代目は“写真集”で、私は“映画”という形で記録しました。
――三池監督とはどういうお話をされましたか。
團十郎 三池監督とは映画と舞台で3本ずつお仕事をさせていただいています。映画は監督のものですので何も注文していません。監督がいろいろなところから題材を引っ張り出してくださったことに愛を感じています。現場にカメラを持ってくる場合がありますが無駄な会話はゼロ。何より、楽屋にカメラマンの方が入って来て気にならなかったのは篠山紀信さん以来でした。これまで誰も入れない私の楽屋に一番スマートに入ってきた方が篠山紀信さんですが、監督も同じように自然で、カメラを意識して芝居をする場面が全くありませんでした。
新之助 僕も「あれ? 撮られていたの?」とカメラには全然気づきませんでした。
