第175回芥川賞・直木賞の受賞作が、本日7月15日、東京・築地の料亭「新喜楽」にて決定する。選考会直前、今夜の発表をリアルタイムで楽しむために一部の両賞候補作の冒頭を特別公開。

 直木賞候補の原田ひ香さんによる『#台所のあるところ』は、世代も境遇もバラバラの5人の女性たちの「暮らし」をめぐる物語だ。


#台所のあるところ

ままならないキッチン、ままならない人生

 こんなにすることがなくなるとは。

 飯盛敦子(いいもりあつこ)は誰もいないダイニングキッチンでため息をついた。

 この三月に、五つ年上の夫、尚喜(なおき)が会社を六十で定年退職した。もちろん、そのまま系列の子会社に再就職するルートを内々に提示されたが、彼はそれをあっさりと断った。

「昔からやりたい仕事があるんです。人生の恩返しをしたくて」

 それは途上国でのボランティア……ずっとやってきた配管に関する仕事のキャリアを生かし、アフリカで上下水道の普及に従事したいということだった。

 再就職の話を断ったと聞かされたのが、退職の数ヶ月前だ。代わりにやりたいことを告白されたのもそれと同時。

 もう少し、早く言ってくれればいいのに……という気持ちはないではなかったが、治安の心配をのぞけば、敦子は強く反対しなかった。

 これまでも転勤が多く、留守がちな夫だった。単身赴任もしたし、二度の海外赴任もあった。昔から英語が得意で海外赴任のあともラジオの英語講座を毎朝欠かさずに聴いているのには感心していた。自分の技術や能力をまだ使いたいという気持ちはこれまでも言葉や行動の端々ににじんでいた。ここ十年くらいは管理職となり、現場から遠ざかっていて、仕事を楽しんでいないことも知っていた。確かに、まだ身体が動くうちにもう一働きしたいというのは理解できた。

 もちろん、自ら穴掘りをしたり、機材を運んだりするわけではないらしかった。現場監督や指揮、設計をするのだという。

 ボランティアといっても無給というわけではなく、日本の某財団からそれなりの給料が出る。しかも、赴任している夫の住むところと生活費は別に補助され、あと五年で年金の支給も始まる。家のローンは定年と同時に支払い終わるように設定していた。至れりつくせりの条件だし、現在のところ、金銭的に困っているわけでもない。

 治安もそう悪くないらしい。アフリカといったら、サバンナか砂漠のような風景しか思い浮かばなかったが、東京とそう変わらない高層ビルが立ち並ぶ写真も見せてもらった。

「こういう場所に水道がないの?」

 敦子は不審に思って首をひねった。

「いや、これは首都で、僕はもうちょっと地方に行くから」

 夫は慌てたように言った。

 どのくらい田舎なのかはそれ以上、聞かなかった。

 それはきっと行くまで夫自身にもわからないのだろうし、本当のことを知るのが少し怖かったというのもある。

「お母さん、そういうとこ、あるよね」

 長女の悠華(ゆうか)は言う。

 敦子がちょうど三十の時産んだ子で、いまだに「あと一年遅く産んでくれたら二〇〇〇年代生まれになったのに」と恨み言を言っている。

 「前から思っていたけど、なんか、お父さんとお母さんの夫婦関係、ふわっとしてる」

 口には出さなかったが、胸の中で、は? とつぶやいていた。悠華の上に、三つ離れた尚人(なおと)という息子がいる。子ども二人に、都内にローンで一軒家まで建てているのに、「ふわっとしてる」とは。

 尚人は就職して数年で実家から出て行った。同じ沿線で会社からドアツードアで四十分のところに越したのだ。

 悠華も夫の退職の一年前に出て行った。こちらは、今よりおしゃれな街に住みたい、と恵比寿にワンルームマンションを借りている。一人暮らしをしてみたいというのが理由だったし、実際、見に行った部屋は八畳ほどしかなく、二人で住むような場所ではない。だけど、部屋のそこかしこに、ほんのりと男の気配を感じた。シャンプーやボディソープは実家で使っていたのとは違う無印良品のもので、男でも使えないことはない。

 とはいえ見えない場所に……例えば、洗面台の扉を開けたら、そこに男物の歯ブラシがあったりするのを確認する気はなかった。

 娘のプライバシーを尊重したいというのもあるけど、それもまた、夫の写真と一緒であまり深く知りたくはない、という気持ちがあったのかもしれない。

「私はお父さんに聞いたよ。え、アフリカって治安は大丈夫なの? って」

 だって心配だもん、とこちらを(とが)めるように見た。

 夫と娘が出国前に会って食事をしたのは知っている。

「お兄ちゃんも別に会ったらしいけど、やっぱり、何も聞かなかったって」

「そう」

「お母さんとお兄ちゃん、似ているのかな?」

「お兄ちゃんは、お父さん似でしょ」

 尚人は尚喜と同じで、余計なことは言わない無口な子だ。こんなんで世間を渡っていけるのかしら、と思っていたけど、それもまた夫と同じように理系の大学に通い、エンジニアになった。

 「悠華は相変わらず、なんでも聞いてくるなあって、お父さん、言ってた」敦子は思わず、笑った。

 夫は悠華と尚人と会う前に「君も来る?」と聞いてきた。どちらも少し考えて「行かない」と答えた。言い切りだと不機嫌に聞こえるかと思って「行った方がいい?」とも聞いた。「どっちでも」と夫は答えた。

 そのくらいにわずかに、自分は不機嫌を表したいのかもしれない、と思った。

「とにかく、アフリカも昔のようなイメージとは違うから大丈夫ってお父さんは言ってたよ」

 わかってるよ、知ってるよ、と言いたかったけど、それも素っ気ない、娘はこんな言い方でも心配してるのだとわかっていたので、「ありがとう」と答えた。

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