一軒一軒、マッチを擦って火を灯し…

コシノ ええ、繊細な性格の子でしたからね。13時間かけて蒸気機関車に乗って上京し、まずは新宿の文化服装学院を見に行ったら気に入ったので、その場で入学願書を提出しました。その後、例の女性が住んでいた西武新宿線の下井草に着いたのは、夜の7時頃。今みたいに街灯のない時代だったから、あたりはもう真っ暗でしたね。

近田 まったく土地勘のない場所だし、その年頃の女の子にとっては不安ですよね。

コシノ とりあえず、駅前にあったタバコ屋のおばあさんに住所を見せたら、「だいたいあの辺だと思うよ」という曖昧な答えが返ってきました。それで、お礼かたがたその店で買ったマッチを擦って火を灯し、一軒一軒、表札の名前を確かめました。

近田 うわあ、いじましい。何かの童話みたいですよ。

コシノ 当時の下井草にはまだ田んぼがあって、その間にポツポツと民家が点在するような具合だったんですよ。10回ほどマッチを擦って、ようやく目的の家にたどり着いた時には、疲れ切って倒れ込みそうでした。

近田 マッチがなくなる前でよかったですよ(笑)。

コシノ その女性の家の隣の家の二階が空いていたから、そこに下宿することになったんですけど、家主のおばちゃんがきつくて怖い人でねえ。ちょっとでも帰りが遅くなると、駅まで来て待っているし、宿題をこなすために夜中までミシンを踏んでいると、うるさいとばかりに一階の天井を箒で小突くんです。

近田 そりゃストレスが溜まりますね。

コシノ そのせいで、胃潰瘍を発症して吐血し、療養のため、半年ほど学校を休学することになりました。その間は、原雅夫先生のところに通って、毎日毎日スタイル画を筆で描き続けました。一日に30枚ぐらいは描き上げたものです。

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