デビュー曲は発売直後は売れず…

近田 でも、初志を貫徹して宝塚を退団したと。周囲からは止められなかった?

小柳 ものすごく慰留されました。本当に後ろ髪を引かれる思いでしたけど、「夏川るみ」という芸名で初舞台を踏んだ後、すぐに歌劇団を辞めたんです。

近田 もったいないというか、相当珍しいケースだよね。そして、1971年にリリースした「わたしの城下町」は、デビュー曲にしていきなり大ヒットした。

小柳 実は、あの曲が売れ出したのは、発売から4カ月ぐらい経ってからなんです。

近田 ああ、そうだったんだ。意外とスロースターターだったのね。

小柳 当時、流行っていた女性歌手といえば、小川知子さん、辺見マリさん、ちあきなおみさんなど、お色気路線の方が多かったじゃないですか。「わたしの城下町」はそれとは正反対の雰囲気だったから、これはすごく売れるかまったく売れないか、どっちかだなと思ったんですよ。

近田 日本情緒が漂うしっとりした楽曲だもんね。

小柳 いざ発売してみたら、最初はやっぱり売れないわけですよ。ところが、4カ月ほど経ったら、大阪のレコード店の店主の方々が推薦曲として取り上げてくれたことから、人気に火がついたんです。

近田 昔は、関西が発火点になったヒットが結構あったもんだよね。

小柳 あの頃、アンノン族という言葉があったじゃないですか。

近田 「anan」「non-no」を小脇に抱え、旅を楽しんだ若い女性のことだよね。

小柳 そう。当時は、国鉄が「ディスカバー・ジャパン」というキャンペーンを展開していて、ちょうど国内旅行がブームになっていたんですよね。「わたしの城下町」のヒットは、その流行に上手く乗ったという側面もありました。

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