夏休みを利用して渡辺プロへ直談判
小柳 宝塚のすごいところは、成績が廊下に張り出されるんですよ。さらには、下駄箱も成績順に並んでて、講堂で行われる入学式や始業式、終業式の椅子の並びも成績順なんです。だから、式典に参列した親は、自分の娘が学年で何番目なのか一目で分かっちゃう。
近田 ちょっと酷なものがあるね。
小柳 それで、私は、一番前の一番右にいるわけです。
近田 そこがトップの位置なんだね。
小柳 そうやって、生徒同士の競争心を煽るんですよ。
近田 そんな風に、せっかくトップの座をキープし続け、一番の成績で卒業したというのに、宝塚歌劇団に入団してすぐに退団しちゃったのはどうしてなの?
小柳 母が、宝塚音楽学校を出たら、ルミ子は芸能界に行くんだ、しかも渡辺プロダクションに入るんだって決めてたんですよ。
近田 そこまで人生設計が確定してたのね。ナベプロには、何か伝手があったわけ?
小柳 宝塚音楽学校は、予科1年、本科2年の3年制なんですけど、16歳だった予科時代の夏休みを利用して、私は単身上京して渡辺プロを訪ねてるんですよ。有楽町にあった松井ビルの5階にあった渡辺プロの事務所にアポなしで入っていった。
近田 すごい行動力だね。
小柳 今振り返れば、怖いもの知らずにもほどがある。たまたま社長の渡辺晋さん、美佐さんご夫妻が社長室にいらしたので、「私を歌手にしてください」って直談判。
近田 セキュリティの厳しい今じゃ、考えられないよ(笑)。
小柳 そしたら、晋さんが「おお、君は宝塚か。じゃあ、宝塚音楽学校を一番で卒業したら考えてあげよう」って言ってくださって。まあ、追い返すための方便だったんでしょうが、私は真に受けて、「しめしめ、このまま頑張れば、渡辺プロに入れてくれるんだわ」と思って、そのまま日帰りで宝塚に帰ってきた。
近田 実際、首席で卒業を果たしたわけだよね。
小柳 ええ。だから、渡辺プロに入れたわけです。ただ、自分がひとりっ子だったこともあり、宝塚の仲間のことをみんな姉妹みたいに感じるようになって、楽しくなっちゃって、宝塚やめたくないなって思っちゃったんですけどね。
