日常に溶け込む「用の美」のなかに生きる

 ふたたび室内に目を向けてみる。襖絵は日本絵画史に残る逸品が並ぶ(現在は複製)。「室中の間」の襖絵は相阿弥作と伝わる《瀟湘八景図》。「礼の間」は狩野之信《四季耕作図》で、「旦那の間」は狩野元信の作と伝わる《四季花鳥図》だ。

 本来は空間を仕切る道具であるはずの襖に、これほどの美を仕込んでいることに驚く。日常生活と美的体験が渾然一体となって溶け合う日本文化の特質が、この空間に色濃く表れている。

 方丈と地続きになっている玄関にも、透かし彫りの濃やかな装飾など、創建当時の意匠が残る。権勢や財を誇示するためではなく、そこを通る一瞬に清々しさを感じてもらいたいという、もてなしの気持ちがかたちを成したものだろう。

 生まれも育ちも大徳寺内であったという副住職の大和宗昂氏は、院内に湛えられてきた美について、こう語る。

「長い時間をこの地で過ごしてきましたが、いまだ多くの気づきがあります。たとえば、これほどこぢんまりとした空間に、驚くほどたくさんの見どころが凝縮して埋め込まれていること。または方丈に座してじっと眺めるときに庭が最も美しく見えるよう、視線の高さまで考え尽くし設計されていること。それらが長い時間をかけ、じわじわ染み入るように理解できるようになってくるのです。この空間を築き上げた先人の視野の広さ、日本の美や文化の奥深さに感じ入ります」

 副住職は日常のどんな瞬間に、大仙院の「美」を最も強く感じるだろうか。

「毎週夕刻に開く座禅会で、本山から聞こえる鐘の音や、参道を行き交う人の足音を遠くに聞きながら、大海の砂を眺め広縁に座っているときには、澄んで落ち着いた気分になります。ここの美は華美なものではなく、日常に溶け込み少しずつ身に馴染む類のものなのでしょう」

 大仙院にしばし身を置いてみれば、日本の美の源流がきっと見えてくる。

大徳寺大仙院(だいとくじだいせんいん)

所在地 京都府京都市北区紫野大徳寺町54-1
電話番号 075-491-8346
拝観時間 9:00~16:30
拝観料 500円
休日・休館 無休
https://daisen-in.net/

CREA Traveller 2026年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。