産まない選択をとるには理由が必要?

――産まない選択をとると決めていても、周りの友人らが出産をすることでカウントダウンのような感覚に追い立てられてしまったんですね。

 特に30歳になったばかりの頃は、カウントダウンが始まっているような感覚が強くありました。「あなたは選べる側なんでしょ? もし産まないのだとしたら、明確な理由があった方がいいんじゃない?」と、どこかで思われているような気がして。会うたびに卵子凍結のことを語る友人も身近にいたので、勝手に「圧」を感じてしまっていたのかもしれません。

 産むことに理由が求められることはあまりないのに、産まない選択には、まだまだ理由を必要とする空気がありますよね。だからといって、プレッシャーを感じたから「やっぱり産みます!」というのも違うよなと感じていたので、もやもやした感覚を抱えていました。

 産むことが自然な選択として受け取られるように、産まないことも同じように自然であっていいはず。でも、なかなか理解されにくい……。自分がこれからどう生きていくつもりなのか、将来のビジョンまで見立ててきちんと話さない限り、相手が腑に落ちてくれないような気がするというか。

 それに出産を経験されている先輩方から「産むなら早い方がいいよ!」って親切心で言われると「私、産む気がまったくないんです」ってめちゃくちゃ言いづらいんですよ。まるで心ない人間のように思われてしまう気がして。相手に悪気がないこともわかっているからこそ、反応するのが難しいですよね。

――アドバイスをくださる方は本当にそう思っているし、100%ポジティブな意味で言ってくれているからこそ、返しづらいですよね。

 そうなんです。経験に基づいた話をしてくださるのはとても嬉しいですし、せっかくいただいたアドバイスを無下にするのも感じが悪いじゃないですか。なのでそういった言葉をかけてもらうたびに「私はなぜ産みたくないんだろう?」って自分に問い続ける夜を過ごして。即座に、自分なりの返答が、それでいて相手が嫌に感じないような言葉で返すにはどうしたらいいのだろうと思っていました。

 子どもを産む決断をした人たちと、私のように産むことに積極的になれない人たちとの分断を煽りたいわけでもないし、もちろん「男性にはわかんないでしょ」って切り捨てるようなことを言いたいわけでもない。ただ、私たちの間に漂っている絶妙な空気感や、選択によって生まれる対人関係の変化を書きたかったんです。

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