シンガーソングライターのアンジェラ・アキさんが、14年ぶりのオリジナルアルバム『SHADOW WORK』を発表。制作のきっかけは、カウンセリングに通い、幼少期から抱えていた「自己肯定感の低さ」に向き合ったことでした。

 前篇では、徳島県でミックスルーツとして生まれ育った幼少期から、カルチャーショックに晒された米国移住、ヒット曲を発表し続けながらも自己肯定感の低さに苦しんでいた20代について伺います。(前後篇の前篇)


徳島県出身。初詣では、30人以上の人がぞろぞろとついてきた

――生い立ちからお話しをお伺いさせてください。徳島県の自然豊かな場所の出身ですが、当時はミックスルーツの方も少なく、周囲の視線を集めることも多かったそうですね。

 今みたいに「ミックス」という言葉すら存在しない時代でした。「ハーフ」どころか、ガイジンって呼ばれるような環境で育って。ミックスルーツの人はまわりに一人もいなかったんじゃないかな。東京とか大阪だったらきっと環境はだいぶ違ったんでしょうけどね。

 こういう顔ですけど、英語は一言も喋れなかったから、常に自分を説明しないといけなくって。駄菓子屋に行ってガムを一つ買うだけでも、お店のおばちゃんに「お嬢ちゃん、なんでこんなに日本語がうまいん?」とか聞かれちゃう。その度に「私はお父さんが日本人で、お母さんがアメリカ人なんです」って答えてました。

 家族でファミレスに入ると、お客さん全員が一斉にこっちを見るんです。さっきまでガヤガヤしていたのに、シーンとなっちゃって。みんな、私たちが何を頼むのか注目してるんですよ。初詣でも、30人くらいの人がぞろぞろ私たちについてきたり……。

――想像を絶するような状況です。

 生まれ持った顔は変えられないから、どう歩けば目立たないか、どうすればこの世界に溶け込めるのか、そんなことを小さい頃からずっと考えてました。学校では、場を盛り上げようとする明るいキャラ。でもそれは、和が保たれていれば変な風にこっちに注目がくることはないだろう、と考えてそうしていたんですね。

 空気を読みすぎる性格に育ったので、反抗期も迎えられなかったです。妹が割としっかりと反抗していたので、「私まで反抗したら、お母さんに負担をかけすぎちゃうな」ってどこかで思ってたんだと思います。

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