
ミュージカルとして舞台化される、平野啓一郎さんの名作『ある男』。2022年には映画化もされた話題作です。
アイデンティティに悩む身元不明の男「X」を演じる小池徹平さんは、この難役にどう向き合ったのでしょうか。
鋭意稽古中の現場を訪れて、これまでのキャリアをふり返りながら、その思いを語っていただきました。
》【前篇】原作者、平野啓一郎の「楽しみだ」に大プレッシャー! 新ジャンルのミュージカル『ある男』で身元不明の男「X」役に挑む小池徹平の胸の内
「アイドル」みたいな自分に違和感を持つ時期もあった
――本作では、アイデンティティがテーマのひとつになっています。
小池徹平さん(以下、小池) 僕が演じた「X」は、どういう人物なのだろう、どういう生き方をしてきた人なのだろうと観客に問いかけます。優しくて穏やかな男性かと思いきや、「完璧な自分」を演じなければいけないという苦悩や葛藤を抱えていて、それを歌で表現していきます。
自分の人生だったらどうだろう、自分はどういう人間なんだろうというのも考える作品だと思います。
――小池さんのように、役者として活躍されていると、大きな賞を受賞したり、有名な舞台に立ったりすることで、まわりからの評価が変わる――、そんな変化に戸惑うような、「アイデンティティ・ショック」を感じたことはありませんか?
小池 面白い視点ですね。確かに、役者の場合、有名な方と一緒の舞台に立つことや、大きな賞を受賞することで箔がついてより多くの方に認めていただくきっかけになったりはすると思いますが、それは必ずしも役者に限った話ではないと思います。
たとえば、上司に認められて昇進する、絵画コンクールで優勝するなど、肩書きやステイタスを身に纏うことで、自分自身を輝かせ、自分に自信が持てる場合があるでしょう。でも、その逆のパターンもあるはずです。

――たとえば、自分では気づかないうちに、法律に触れるような行為をしてしまう……、そんなケースもありそうですね。
小池 そうですね。結局、人は「人間性」だけでなく、「これまでにやってきたこと」や「過去に起こしてしまったこと」といった“肩書き”のようなものに、大きく影響される生き物なのではないかと思います。
とはいえ、役者にとって賞をいただけるというのは、とても名誉なこと。もしそういう機会に恵まれるのであれば、ありがたく、喜んでお受けしたいと思っています。
――ご自身にとって転機になった受賞などはありますか?
小池 僕は長い間、演劇の賞とは無縁の役者で、自分がお芝居で賞をいただける日がくるなど考えたこともありませんでした。
ミュージカルに多く出させていただくようになっても、それこそ健ちゃん(浦井健治さん)のようにずっとミュージカルをやってきたわけではなく、役者をやりながら歌手活動もして……、というあいまいな立ち位置が長くありました。だから、2017年に「第42回 菊田一夫演劇賞」をいただけた時は、すごく嬉しかったです。それまでやってきたことが間違っていなかったと背中を押してもらった気がしました。感謝すると同時に、支えてくださったみなさんへの恩返しとして、さらにいい役者になれるよう精進したいという目標もできたと思っています。
――菊田一夫演劇賞を受賞される前は、アイデンティティに悩まれたことも?
小池 ありました。僕はウエンツ瑛士と「WaT」という音楽デュオでデビューして、当時はアーティストというよりもアイドル的な戦略で売り出していただきました。世の中の人に知っていただけるという効果は大きかったのですが、僕は童顔なので、20代の半ばくらいになると「アイドル」みたいな自分にすごく違和感を持つようになったのです。たとえば、役者として、幅広くいろんな人物を演じてみたいと思っても、世の中の印象で「爽やかな青年」の役しか来ない。本当にこのままでいいのか悩むことが増えました。
WaTの活動を休止した後もイメージは残るので、自分では心から「WaTをやってよかった」と思えない状態が続いていました。
でも、そんなモヤモヤした思いも、菊田一夫演劇賞をいただけたことで、「それまでの全てが間違っていなかった」と思えた。すごく救われたと思っています。

――デビュー時から明るく爽やかなイメージの小池さんでも、そのような悩みがあったのですね。
小池 その「明るく爽やか」というイメージが逆に苦しい時があったんです。たとえば僕は大阪出身なのですが、関西弁でしゃべると「関西人なんだ……」となぜか驚かれることが多かった。それに加えて、童顔だからなのか、「結婚して子どもが2人いる」ということをネガティブに受け取られることも多くて……。自分のこれまでやってきたことが、良くも悪くも「肩書き」となって自分を苦しめる要素にもなっていたのは、本作のテーマとも通ずるものがあると、今気がつきました。
2025.07.15(火)
文=相澤洋美
写真=平松市聖
ヘアメイク=加藤ゆい(ヘアメイクフリンジ)