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中井家に伝わる小津イズムは“粋”であること

――先ほど、中井家には“小津イズム”が伝わっているとのことでしたが、それはどのようなものですか?

 実際に作品の中に出てくるものもありますが、相対的に言うならば『粋である』ことです。資本主義社会なので当然ですが、今の時代は利益追求型になっており、人間の内面よりも数字で評されたり、視覚で理解できるものなどが優先される世の中です。

 しかし、小津先生は目に見えないもの――例えば人との縁だったり、繋がりだったり、心の持ちようなどをとても大切にされていました。

――具体的なエピソードを教えて頂けますか?

 ある日、小津先生がうちの母に鰻を食べに行こうと誘ったんです。当時はまだ電車も車も便利な時代じゃない。小津先生はタクシーを拾って行こうよと。そのうなぎ屋さんはタクシーで何千円もかかるような場所にあるんです。

 母が「近所にもうなぎ屋さんはありますから」と言ったら、先生が「分かってないね」と。「贅沢というのは、心を豊かにすることなんだ。近所だからという理由で、そこそこの鰻を食べてごらん、それは腹を満たすだけで、心を満たすものではない。そういうものは“無駄遣い”というんだ」と仰ったそうです。

 わざわざ時間とお金という労力をかけてでも美味しい店へ行くことで、何倍も美味しいと思える。そうやって心を豊かにすることにお金を払うことは、素晴らしいことなんだと。そういう小津先生の「粋」な考え方が、我が家の教育に織り込まれていたと思います。

――作品の中で先生が「俺はもう歳だよ」というようなことをおっしゃる場面がありますが、中井さんご自身がプラスでもマイナスでも、ご自身の年齢を実感されることはありますか?

 小津先生は60歳で亡くなられていますが、今でいう80歳くらいの感覚でしょうか。今は人の成長の仕方がちょっと変化したのかなと思いますが、心臓が動く年数は昔も今も一緒。ですから、生まれてから60年経って、やっぱり歳を取っているのだと思います。

 先日ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』で小泉今日子さんと枕投げをするシーンが放送されたのですが、あれが大変だったんです。重いそば殻の枕を投げて……。40年ぶりくらいですよ、枕投げなんて。これ、オリンピック競技にできるんじゃないかと思うくらいハードでした。

 最後には肩で息をするくらいにハーハーなってしまって、「歳を取ったんだな」と思わざるを得なかったです。思いもかけないところで少しずつ年齢を感じていますね(笑)。

【後篇を読む】「最期の映画は全部棒読みにしたい」中井貴一が役者人生で抱く“夢”

中井貴一(Kiichi Nakai)

1961年9月18日生まれ、東京都出身。11981年、成蹊大学在学中に映画『連合艦隊』で俳優デビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。1983年TBS系ドラマ『ふぞろいの林檎たち』や1988年NHK大河ドラマ『武田信玄』への出演で一世を風靡。映画『壬生義士伝』(2003年)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。シリアスな役からコミカルな役柄まで演じこなす幅の広さで着実にキャリアを重ねる。現在舞台のみならず、映画やテレビドラマと八面六臂の活躍を続けている。

パルコ・プロデュース2025
『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』

作:鈴木聡
演出:行定勲
出演
中井貴一/芳根京子 柚希礼音 土居志央梨 藤谷理子 久保酎吉 松永玲子 山中崇史
永島敬三 坂本慶介 長友郁真 長村航希 湯川ひな/升毅 キムラ緑子

東京 PARCO劇場 6月8日(日)~6月29日(日)
大阪 森ノ宮ピロティホール 7月5日(土)~7月7日(月)
福岡 J:COM北九州芸術劇場 大ホール 7月11日(金)・12日(土)
熊本 市民会館シアーズホーム夢ホール 7月15日(火)
愛知 東海市芸術劇場大ホール 7月19日(土)・20日(日)
https://stage.parco.jp/program/senseinosenaka/

次の話を読む「最期の映画は全部棒読みにしたい」中井貴一が役者人生で抱く“夢”

2025.06.21(土)
文=前田美保
写真=榎本麻美
ヘアメイク=藤井俊二