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 日本映画史に燦然と名を刻む巨匠・小津安二郎。その美学と矜持に、俳優・中井貴一さんが舞台で真っ向から挑まれます。

 『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』は、小津監督をモデルとし、“先生”と慕った人々の記憶を辿りながら、ひとりの表現者の軌跡と孤独を描く作品。中井さんにとって両親の仲人であり、「貴一」の名付け親でもある小津監督は、あまりにも近く深い関係性ゆえ、初めは出演依頼を断ったと明かす。

 シリアスな役柄はもちろん、現在放映中のドラマ『続・続・最後から二番目の恋』で魅せるコミカルな役柄も大人気の中井さんに、この舞台にかける気持ちを伺いました。


小津安二郎先生の人間的な部分を出していきたい

――今回の舞台の企画は中井さんが行定勲監督とお話しされたことが発端と伺いました。企画として成立したときのお気持ちはいかがでしたか?

 僕には小津先生の存在が近すぎるというか、大きすぎたので「やれないです」とお断りしたんです。行定さんは最初「映画として残したい」と仰っていて、「小津安二郎という人の映画は残っていくと思うのですが、人物像も含めて残したい」という強いお気持ちをお持ちでした。うちに残っている小津語録や小津イズムのようなものは、お話できる範囲でお話しますので、僕は“協力者”という形でお願いしますと申し上げたんです。

 しかし、話をしているうちに、制作者の熱意に負け、やらせていただくことにはなりましたが……。今でも戸惑っています(笑)。

――小津安二郎を演じることにおいて、役作りでこだわられている部分はありますか?

 僕は父(俳優・佐田啓二)を早く亡くしているので、父のことを知らないのですが、19歳でデビューして映画界に入り、初めて松竹の大船撮影所に行ったとき、当時のスタッフの方々が訪ねてきて、父の話をしてくださったんです。

 「あるロケの時、旅館の部屋を訪ねたら、お父さんがサングラスとマスクにマフラーを巻いて出かけようとしていたから、佐田さん、そのほうが目立ちますよって言ったの」とか、そういった父の話を。僕はそれがすごく嬉しかったんです。

 だから、この芝居では、当時僕が父の話を聞けて嬉しかったように、小津先生の「ここが知れたら嬉しいだろう」という部分を出せればいいなと思っています。神格化された監督“小津安二郎”ではなくて、人間味の部分が。

 僕が死んで小津先生に会ったらすごく怒られるかもしれないけど(笑)、失礼のないように、演じたいと思っています。

2025.06.21(土)
文=前田美保
写真=榎本麻美
ヘアメイク=藤井俊二