2005年の直木賞受賞作『花まんま』が、20年の時を経て、ついに実写映画化されました。映画『花まんま』は、『そして、バトンは渡された』『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』を手掛けた前田哲監督の悲願が達成される形で実現。主演に鈴木亮平さん、妹役に有村架純さんを迎え、原作では描かれなかった兄妹の大人になってからの物語が映し出されます。
原作者である朱川湊人さんはこの度の映画化をどのようにご覧になったのか。ご本人が綴ります。

~映画『花まんま』あらすじ~
鈴木亮平さん、有村架純さん演じる、大阪の下町で暮らす二人きりの兄妹、俊樹とフミ子。
フミ子の不思議な記憶を巡って、物語は動き出す。
◆◆◆
20年以上昔の、ある日の正午近く――1人の若い女性が、多くの人の面前で刺殺されるという痛ましい事件が起こった。
その二ュースを知った私は言葉を失ったが、それから時を置いて、被害女性の父親へのインタビュー記事を、新聞か雑誌で目にする機会があった。
大切な娘を亡くした父親の言葉は深い哀切に満ちていたが、ある一言が特に心に焼き付いた。
「娘が刺された時、私は何も知らずに、昼ごはんなんか食べてたんですよ……それ以来、あまりものが食べられなくなってしまいましてね」
あくまでも大意だが、その言葉を読んだ時、どうしようもない胸の痛みを覚えた。私にも子供がいるので、その父親の気持ちが理解できたからだ。
事件現場から遠いところにいた父親に、そんな不幸が娘に降りかかっていることなど、わかろうはずもない。それでも、何も知らずに昼ごはんを食べていた自分が、父親は許せないのだ。
この父親が再び当たり前に食事ができるようになるには、どうすればいいのだろう――それを考えているうちに、「花まんま」の物語が生まれた。
その小説を収録した書籍は第133回の直木賞を受賞するという望外の喜びをもたらしてくれたが、読んでくれた知人が何気なく言った言葉に、私は少しばかり黙り込んでしまった。
「お兄ちゃんが、少し冷たいように感じたなぁ。妹が可哀想だよ」
知人がそう言うのも、わからないでもない。
「花まんま」は、亡くなった喜代美という女性の記憶を持って生まれてきた妹のフミ子と、その妹を守るように……と、幼い頃から父に言われた兄の俊樹が主人公の物語である。
兄妹の父親は若くして事故で亡くなってしまい、幼かったフミ子には記憶が残っていない。父親の記憶というと、夢に出てくる喜代美の父親のものしかないのだ。
けれど妹の記憶とその意味を理解している兄の俊樹は、自分の両親のことを思えばこそ、妹に過去の家族たちとの関係を結ばせまいとする。
それは俊樹の家族たちへの愛情ゆえだが、実は私なりの考えでもあった。
いささか唐突だが、柳田国男の「遠野物語」に、津波で亡くなった妻と月夜の渚で再会する話がある(第99話)。
その時、妻は夫の知らぬ男と親しげに歩いていて、聞けば自分と結婚する前に深く心を通わせていた男だという。二人とも津波で命を落とした後、妻はその男と夫婦になったのだ。
夫が「子供は可愛くないのか」と聞けば、妻は顔色を変えて泣いたが、やがて男と共に足早に立ち去っていったという。
この話も、あまりと言えばあまりだが、私にはわかる気がした。
すでに妻は命を落としていて、夫たちとは違う世界の住人となってしまっている。子供への愛着はあっても、共に生きていくことは、もう叶わないのだ。ならば、そちらの世界で生きていく他はない。
仮にこんな神秘が実際にはなくても、人は過去を乗り越えて、今在る場所で咲くべきではないかと私は思う。生きている限り、人は進み続けなくてはならないのだ。
だからこそ小説の中で、妹と過去の家族とを繋げなかった。あるいは私の中に実際の事件の父親へのエールとして、その辛さを乗り越えてほしい気持ちが強くあったからかもしれない。
しかし知人には、それが冷たいことのように思えたのだろう。考え方は、人それぞれだ。
今回「花まんま」が20年の時を置いて、前田哲監督の手によって映画化された。
私も拝見したが、原作をすべて取り込んでいただいたばかりか、大人になった兄妹の物語が加えられて、世界が大きく広げられていた。しかも、かつて知人が案じていたようなことは見事に昇華されていて、とても素晴らしい作品になっている。むろん映像の美しさは言うまでもない。

何より有村架純さんが演じてくださった妹・フミ子の一途な愛情深さと、鈴木亮平さんが演じてくださった兄・俊樹の包容力の広がっていく様には、何度も心を揺さぶられた。後出しっぽい言い方になるが、私の言いたかったことを、お二人がすべて語ってくださったように思えるほどだ。
おかげで、私まで心が解放されたような心地がしている。
その爽やかな幸福感を、ぜひ皆様にも味わっていただければ……と思う。
映画『花まんま』情報
■2025年4月25日(金) 全国公開
■キャスト:鈴木亮平 有村架純
鈴鹿央士 ファーストサマーウイカ 安藤玉恵 オール阪神 オール巨人
板橋駿谷 田村塁希 小野美音 南 琴奈 馬場園 梓
六角精児 キムラ緑子 酒向 芳
■原作:朱川湊人『花まんま』(文春文庫) ✿第133回直木賞受賞
■企画協力:文藝春秋
■監督:前田 哲(『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』『九十歳。何がめでたい』ほか)
■脚本:北 敬太
■イメージソング:AI「my wish」(UNIVERSAL MUSIC / EMI Records)
ⓒ2025「花まんま」製作委員会
■映画公式サイトはこちらから
小説『花のたましい』情報

映画から新たな魂を吹き込まれた4つのサイドストーリー
■2025年3月24日(月)発売
■定価:1650円(本体1500円+税10%)
■全4篇収録(「花のたましい」「百舌鳥乃宮十六夜詣」「アネキ台風」「初恋忌」)
■ISBN:978-4-16-391952-2
■詳しくはこちらから


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2025.04.15(火)
文=朱川湊人