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旅先の非日常感が見せる風景に心が動く

――第5章(倉敷)で、旅の定番に「モーニング、ラーメン、大きなお風呂に浸かる」を挙げていました。いつから始めたのでしょうか。

 これは、ひとり旅ができるようになる前にやっていた「帰省のついでに関西に一泊」の「ついで旅」で確立したんです。私の中ではこの要素があれば「旅だな」って満足できる。この3つ、別に旅じゃなくてもできることですけど、あえて旅先でやるっていうのが特別な感じがしますね。

 あれ? やっぱり私、ふだんはできないかも(笑)。モーニングの時間に起きられないし、日ごろは大きなお風呂も行かないし。ラーメンも……好きなわりには食べに行ってないです。

 それはさておきこの3つ……日常っぽいからこそ「違う街に来てるな」って気分を味わえるんですよ。

 ラーメンは、土地の特色が出ますしね。ラーメン屋さんや喫茶店のモーニングに行くとその土地の人たちの日常が垣間見れるのもいいんです。お店のすみっこで常連さんたちの会話を楽しんだり、ときにはお店の方とおしゃべりしたり。

ずっと憧れていた尾道で食べたもの

――『ゆるり 愛しのひとり旅』に登場する中で、特に印象的だったエピソードを教えてください。

 そうですねぇ。いっぱいあるんですが、自然の風景が印象に残っています。奈良だと、鹿の公園。尾道だと、ロープウェイで行った山頂からの景色。それから、あえて言うと「その風景を見ているときの自分」も。

 一番印象に残っているのは倉敷で、帰るまぎわに歩いた川ぞいの道です。生まれて初めて来た場所なのに、小学校のときにこういう道を通った気がして「懐かしいな」と感じました。旅が終わるさびしさもあってそんな気持ちになったのかもしれませんが、ほんとに不思議な感じがしたんですよ。初めて来たのに初めての気がしなかったっていう。

 じつはいろんなところでちょっとずつ、そんなことを感じていました。街角の風景にも。きっと似た風景をどこかで見ているのでしょうが、胸の奥がギュッとするような郷愁にかられて。今回の旅は昔から行きたいと思っていたところが多く、思い入れが強かったせいかもしれませんが。

――思い入れが強かった場所とは?

 尾道はずっと憧れていました。大林宣彦監督の映画のロケ地として有名ですよね。それから、私の好きな志賀直哉や松尾芭蕉といった文学者のゆかりの地でもあって。志賀直哉が好きだったという柿天(柿の形のかまぼこ)も食べました。文豪の話を始めると長くなるのでやめておきます(笑)。

――いつか旅のテーマになるかも?

 それもありかもしれません。あと、倉敷は高校時代の友達からずっと「絶対好きだから行ってみて」と勧められていました。「いつか行かなくちゃ」と、頭の中に引っかかっていました。行けてよかったなぁと思います。

2025.04.12(土)
文=粟生こずえ