老いのロールモデルはミス・マープルと篠田桃紅

――大阪は平野区のご出身だそうですね。

門賀 20代の終わり頃までいました。大阪で生まれ育って、就職も大阪で。

――それがまたどうして東京でライターに?

門賀 当時はインターネット黎明期、2000年ぐらいの頃。私はお化けや幻想文学の類いが大好きなんですが、ネットを通じて同好の士というか仲間ができたんです。知り合いが何人か東京にできたことで、「一度は東京で働いてみるのもいいかな……」なんて思って引っ越しをして。その後しばらくはコンサル関係の仕事をしてたんですが、どうにもつまらなかった(笑)。そんなとき、素人が書評を書けるメディアに投稿していたら読んでくださった編集の方が、「書いてみないか」と声をかけてくれたんです。

――35歳でライターとして独立される。書評のお仕事は今も大事にされているようですが、もともと本好きの子どもでしたか。

門賀 そうですね、昼休みにドッジボールするぐらいなら本を読んでいたかった。小学生の頃は民話や童話のほか、児童書のファンタジーや怪談をよく読んでいました。高学年ぐらいからは文学作品や大人向けの一般小説、ちょうど黎明期だったライトノベルなどを読み始めましたが、あいかわらず幻想怪奇系の作品が中心でした。

――『老い方がわからない』の中では、老いのロールモデルのひとりとして、アガサ・クリスティが生んだ名探偵のひとり、ミス・マープルを挙げられていたのも印象的です。そして107歳で亡くなった、美術家で随筆家の篠田桃紅も。

門賀 桃紅先生はもう、野球好きの少年が大谷翔平を見るような憧れの距離感ですね。亡くなられる寸前でもお美しくて、作品に対する情熱を失わなかった。そして何より、最晩年まで独居できるだけの体力と知力を保たれたのがすごいですよねえ、並の生き方じゃない。

桃紅先生は(自由という言葉を ※白央追記)そのまま読み下して「自らに由る」、つまり自分に従う、自分に頼ることと解釈している。(中略)目の前の霧が晴れたような気がした。そうだ。そうなのだ。自由に生きるとは無軌道に突き進むことではない。自分の心に従い、自分を杖として人生を歩むことなのだ。(『老い方がわからない』26~27ページ)

――現在門賀さんもひとり暮らしで、横須賀にお住まいと本書にあります。横須賀を選ばれたのには理由が?

門賀 住んでいた都内のアパートが東日本大震災で不具合が生じまして、Facebookに「引っ越しを考えている」と書いたんですよ。そしたら思いがけず「親が住んでいたうちの実家、どうです?」なんて声をかけてくださった方があって。住んでみたら、私にとっては大変住みやすい土地でした。都市機能は揃っていて、文化施設もまあまあ整い、都内のどのエリアにも90分以内で行ける。そして地場の食材が抜群においしい。

――本書ではそこから「高齢者と住まい探し」の問題にも具体的に触れられていきます。賃貸と持ち家の住宅事情、公営住宅、地域格差、保証人問題……NPO法人「身寄りなし問題研究会」代表・須貝秀昭氏へのインタビューには「老いる前に知っておきたいこと」がギッシリでした。「おひとりさまを許せる社会に」という言葉には、共感しかありません。

門賀 横須賀という場所は元々軍港で、その周辺産業で働いた労働者が多く住んでいるので独居老人も多いんです。「身寄りなし問題」、そして死後対応を自治体としてどうするのか、ということに積極的に取り組んでいることを後から知りました。横須賀方式なんて呼ばれているんですが(※)。

※横須賀市によるエンディングプラン・サポート事業

ひとり暮らしで身寄りがなく、経済的に余裕がない高齢者などを対象に、健康なうちに市が葬儀や納骨先の希望を聞き、本人と葬儀社の間で契約を結ばせるもの。市は定期的に利用者を訪問、納骨まで見届ける。費用は事前支払い。
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2610/syuukatusien/endingplan-support.html

――私もひとりっ子なので、死後対応は「してくれる人がいない」になりかねない。死後もですが、入院手続きや保険対応などの問題もありますね。

門賀 兄弟がいる人は、甥や姪がいればなんとかなる確率は上がります。でもひとりっ子って、本当に肉親がいなくなる。いたとしても、いとこ。けれどもし100歳まで生きてしまったら、いとこが生きているかどうか。いとこの子となると法律上「親族」ではあるのですが、法的な代理人の要件からは外れがちなんですよ。三親等までのことがなんでも多いから。保険の受取人だと原則二親等、三親等でも保険会社と事前交渉しておけば特例で認めてもらえることもあるけれど、そこは相談ですね。とにかく日本は家族主義。

2025.04.03(木)
文=白央篤司
撮影=平松市聖