あいつらはヤクザだ

 私が間近で見たスーパーモデルの方は、数分おきにステージの楽屋でパイプ椅子に座ったり、立ったりしていた。立ったり座ったりしていた。ずっと座っているとしりの骨が肉に刺さって痛いのだ。かといって、立ったままでは体力を温存できない。ステージより楽屋にいる時間のほうがながいのに、体が楽屋に向いてない。結果として、全身から殺気を放ちながら、立ったり座ったりを繰り返している。それがこの人にとってかけがえない人生の一端なのだ。

 彼女は、しばらく虚空を見つめボー然とした。そうしながら、碧眼の両目をかっぴらいた。かっぴらき、どこでもない一点を凝視した。ただ見つめた。見つめられた虚空は黙っていた。神さまは、いらっしゃらないのではないか。数秒の逡巡ののち、彼女は立ち上がり、ケータリングの弁当を手に取った。紅ジャケととんかつをダブルメインとする豪勢な幕の内弁当が見えた。そうして、割り箸を器用に使いこなし、弁当を一口ぶんだけ口内にほりこむと

「Daaaaaaxッ!!」

 と叫んだ。

 それは、生きるかなしみの原液がみぞおちの奥から込み上げてくるような、言葉にならない叫びだった。彼女は叫ぶと、そのまま、残りの弁当を割り箸ごとゴミ箱にぶち込んだ。NBA選手のような力強いダンクシュートであった。殺人弁当である。

 自分を生かすものがじぶんを殺している。殺しながら生かすことで活きている。そんな自己矛盾に魂を発狂させながら煉獄のバーナーで命を炙り輝いた末の叫びだ。命が裂けている。クレバスのような叫びだ。

 ジーンときた。すごい。こちらの魂も、ぐわんぐわん突き動かされた。カッコいい。でもそれは、ヤクザのかっこよさと同じだ。

 極端な痩身を志す人に私は言いたい。あいつらはヤクザだ。だから、本気でヤクザものとなり、生活というおマヌケでかわいらしく、どこか芝居じみた行いに全霊でカチコミをかける覚悟がおありなら構わない。しかし、生活アウトレイジになるつもりでもないのに死と鬩(せめ)ぎ合う狂域の美しさ(それは死、そのものがぶら下がる岸壁に手をかけることである)には、踏み込まないほうがいい。全員、悪人。

水野しず(みずの・しず)

1988年、岐阜県多治見市生まれ。ミスiD2015グランプリ受賞後、イラストや文筆を中心に活動。noteで連載中のマガジン『おしゃべりダイダロス』は、誰も言ってくれないことを鋭く言い当てながらも、軽快に読める気さくな文体で評判に。近年は短歌でも独自の表現を追求し、2024年に第一歌集『抜け出しても抜け出しても変なパーティー』を刊行。その他著書に『きんげんだもの』(幻冬舎)、『親切人間論』(講談社)など。
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Column

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編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載です。

(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)

2025.03.14(金)
文=水野しず