一番大変なのは「あちこちに大量のフンをすること」

 サホさんには取材前、事前の質問項目として「一番大変なことは何か」と尋ねていた。

「あまり大変なことって思いつかないんです。もちろん蹴られたら痛いし、スカートもボロボロになりますが、大変というのとも違うな、と。それで夫に聞いたら、『フンの処理が大変』だって(笑)。ウチはフンを集めてコンポストに入れて、畑の肥料にしているんですが、結構、あちこちにフンをするし量もすごいので、確かに大変は大変です」

――もし病気やケガをしたら? 

「それは私も心配だったので、調べました。そうしたら近くに鳥類に強い動物病院があることがわかったので、安心して迎え入れました。あとは鳥インフルだけは怖いので、食べカスにカラスやスズメが寄ってこないように気をつけています」

――長い旅行にはいけないのでは?

「そんなことないですよ。いつも旅行中に犬たちの世話をお願いしているペットシッターさんが馬の調教もされている方で、大きい動物の扱いに慣れているんです。これまでにも何度か来ていただいて大丈夫でした」

「そういう生き方もありか」

――犬のようにはコミュニケーションがとれないのは大変ではないですか?

「夫は『ちょっと寂しい』と言ってますね。でも私は、そういう生き方もありかと思っていて。グルートを見ているとちょっと笑っちゃうんです。周りのことは全然気にしないで、走りたいときに走って、休みたいときに休んで、つつきたいときにつつく。人とコミュニケーションをとるとかとらないとか、そんなものもなくても、あなたはそれで幸せでしょう、とか思いますね」

 わずかな時間しかグルートと接していない私でも、サホさんの言うことは何となくわかる気がした。犬がいようと(グルートが外に出ている間、リラたちは目を合わせないように2頭で固まっていた)、我々のような突然の訪問者が来ようと、どこ吹く風。

 グルートは胸を張って辺りを歩き回っている。

「どうやらグルートはメスのようなので、もうすぐ深緑色の綺麗な卵を産むはずです。それもすごく楽しみです」

 取材が終わる頃には「そうか、飼おうと想えばエミューって飼えるんだ」と納得している自分がいた。人が何と言おうと、自分の思った通りに生きればいい――グルートとサホさんを見ていると、それは実はそう難しいことじゃないのかも、という気にさせられる。

 ボンボンボンボン……日本の里山風景にグルートの奏でる重低音が不思議なほど融けこんでいる。胸がすく、とはこういうことを言うのだろう。

写真=松本輝一/文藝春秋

2025.02.09(日)
文=伊藤秀倫