爪で引っかかれて出血、スカートはボロボロに

「そうですね。肌の露出しているところをやられると(血が)出ますね。服を着ていても、薄手のスカートとかパジャマは、ビャッとやられたら、かぎ裂き状になっちゃいますね。実際、それで何枚もダメにしました」

――サホさんに対しては、飼い主という認識はあるんでしょうか?

「一応、あるとは思います。ご飯をくれる人、という程度の認識かもしれませんが(笑)。私は近づいて触ることもできるんですが、夫が近づこうとするとグルートは“ボンボン”と言いながら、離れていくんです。ほら、今も音がしますよね」

 言われてみれば、確かにグルートの喉の辺りから、“ボンボンボン”という微かな音が聞こえてくる。まるで先住民が儀式で叩く古代の太鼓を思わせる音だ。

「喉のところを触ってもらうとわかるんですが、ボヨンボヨンの袋みたいになっていて、ちょっと警戒したり、威嚇するときに、そこを震わせてこういう音を出すんです。エミューはオスとメスで声が違うらしくて、オスは低く“ヴゥー”という感じで、メスは“ポンポン”と鳴くそうなので、グルートはメスじゃないかと思うんですが……」

――えっ、オスかメスか、わかってないんですか?

「そうなんですよ。エミューの場合、生後1年以上経ってからようやく性別がわかるそうです。もしメスだったら、そのうち卵を生むはずなんで、はっきりすると思います」

予測不可能な動きを…「急にグワッと動く」

 対面して最初の頃よりは近づかせてくれるようになった。サホさんに断って、おそるおそる体表に触ってみると、表面は犬や猫とはまったく異なるゴワゴワとした毛に覆われているが、その下にいわゆる羽毛のフワフワとした感触がある。地面に落ちていた羽毛を観察すると、2本の羽毛が軸のところで繋がり、一対となっている。これはヒクイドリの仲間の特徴だという。

 するとグルートが急にグイッと身をよじるように離れていった。顔は正面を向いたまま、いきなり身体だけ真横に移動したような動きに思わずビビる。

――こういう動き方も、本当に予測不能なんですね。

「そうなんですよ。急にグワッと動くでしょう?」

 何を考えているかわからない漆黒の瞳で見られていると、やや落ち着かない気もする。だが違う種の動物が向かい合うというのは、本来こういうことなのかもしれない。

 サホさんは、グルートが疾走する様子をカメラマンに撮らせようと、自らが囮となって「ほら! おいで!」と走ってみせるが、グルートは気乗りしないのか、2、3歩ダッシュしかけたところで、プイッと違う方向へ行ってしまう。

――グルートと暮らしてみて、事前の想像と違ったところはありますか?

「私、鳥を飼うのが初めてなんで、どんな感じなのか、そもそも想像もできなかったんです。それで何が一番大変かな、と考えてたんですが……」

2025.02.09(日)
文=伊藤秀倫