気になるならばついて来るといいよと言った倫は、どこかあっけらかんとしている。

 その夜、倫は浮雲の君のいる屋敷の一角ではなく、あの夜、二人で逃げ込んだ山の中へとやって来た。

「あまり近すぎると、見咎められてしまうからね」

 恥ずかしそうなその言い方は、逢引きでもしているかのようだ。

「ここで十分、合奏になるんだ。こっちでは拍子は外れて聞こえるだろうが、彼女のもとでしっかり音になっていればいいから」

「何を言っている……?」

「ここで竜笛を吹くと、あのひとが返してくれるんだよ」

 おおまじめに言う倫を、伶はぽかんと見返した。

「馬鹿を言うなよ。ここからあそこまで、どれだけあると思っているんだ」

 じゃあ試してみようと言った倫は、いつも通りに竜笛を奏で、一曲が終わった段階でにこりと笑った。

「ほら、聞こえるだろう。あのひとだ」

「そんなもの、聞こえない」

「いいや、聞こえる。俺と合奏して下さっている……」

 とうとう頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、何故か弟は自信満々で、少し屋敷に近付いてみるといい、と笑い含みに言い放った。

 しかし、半信半疑で浮雲の居室のある方角へ進むと、弟の笛が聞こえなくなっていく代わりに――確かに、長琴の音が聞こえ始めたのだった。

 それに気付いた瞬間の衝撃は、言い表しようがなかった。

 確かに、二人は合奏をしていた。こんなに離れているというのに。

 聞こえていないのは、自分のほうだった。

 もともと、伶だって耳は相当に良いのだ。それなのに、今の自分には、倫に聞こえている音が聞こえない。

 二人しか――二人の天才しか知りえない合奏ならば、確かに、問題はないのだろう。

 凡才である自分に言えることは何もなく、同時に、倫を殴って、目を覚ませと言ってやりたい猛烈な衝動に駆られた。

 負け惜しみであると分かっていても、こんなこと、許されるはずがないと思った。

*     *     *

「お前、どうした?」

2025.01.16(木)