竜笛と長琴の音に誘われたように風が起こり、どこからか花びらが舞ってきた。
青々とした月明かりを受け、ほの白く巻き起こる花吹雪の中で行われる演奏はあまりに現実離れして、それでいて美しく、どこか伶にはものおそろしく感じられた。
同時に――この合奏を超えるものは、この先聴くことはないだろう、という予感を得た。
長琴の女が天才であるならば、倫もまた、天才なのだ。
とてもではないが、そこに伶の入り込む隙などなかった。
演奏は、そうなることが決まっていたかのように自然と終わった。
「……こんな音、初めて」
御簾の内側から聞こえた少女の声は、感動に震えていた。
「この夜のことを、私はきっと一生、忘れられないでしょう」
熱に浮かされたような声に、倫は何も答えない。不審に思った伶が口を開こうとした時、この合奏を聞きつけたのか、どこからか足音が近付いて来るのを感じた。
「倫、人が来る」
囁くが、倫は棒立ちのまま御簾を見つめていて、動かない。
「倫!」
焦って弟の手を引っ張ろうとした時、御簾が動いた。
「待って」
耐えかねたように、白い手が綾の縁取りを押しのけ、中からそのひとが現れる。
「また、合奏してくださる?」
ひらりと、一片の花びらが舞った。
つやつやとした黒髪が、血の気を透かして桃色に紅潮した頰に少しだけかかっている。零れ落ちそうな華やぐ瞳は熱く潤み、半開きになった唇は、蓮の花びらに落ちた水滴のような潤いがあった。
好奇心旺盛なよく輝く瞳が、竜笛を持ったままの倫を見て、眼差しが交錯したのを感じた。
――その瞬間、確かに、弟と浮雲の目が合ったのだ。
物音は、すぐ近くまで来ていた。呆けたようになっている弟の手を引き、伶は慌ててその場から逃げ出した。
死に物狂いで走り、人気がないほうへと逃げた結果、二人は東本家の裏手にある山の中へと入ってしまった。
藪の中、木にもたれながら息を整えてしばらくして後、倫がぽつりと呟いた。
2025.01.16(木)