出版社からの招待で、初めて日本にやってきたフランス人作家のシドニ。夫アントワーヌ(アウグスト・ディール)を亡くした後、新しい小説を書けずにいる彼女を迎えたのは、寡黙な編集者の溝口(伊原剛志)。彼に案内され、京都、奈良、直島を旅するシドニは、この未知の国で夫の幽霊と遭遇する。異邦人の視点から「ニッポン」の旅を描いた『不思議の国のシドニ』。喪失感に囚われた作家シドニを演じるのは、フランスのみならず世界中で多数の映画に出演するイザベル・ユペール。本作では、エリーズ・ジラール監督の才能に惚れ込み出演を快諾した。

 今秋、東京国際映画祭のために来日したこの偉大な俳優に、本作での体験と、仕事に対する思いをうかがった。

ストーリーの方が私に歩み寄ってくれる仕事の仕方が好き

――エリーズ・ジラール監督との出会いは、監督の前作『静かなふたり』(2017)がきっかけだったそうですね。

イザベル・ユペール エリーズ(・ジラール)の最初の監督作『ベルヴィル・トーキョー』(2011)を見て、とても才能がある人だなとすでに感じていましたが、『静かなふたり』には私の娘ロリータ・シャマーが出演していたので、同じ俳優として本当に素晴らしい演技だなと感動したんです。もちろん映画としても素晴らしかった。そして『不思議の国のシドニ』の脚本を読みとても気に入ったんです。すべての台詞が素晴らしく、句読点ひとつでさえ変えたくないと思うほど完璧なものでした。

――実際に出演が決まったあとも、シナリオの変更はほぼなかったのでしょうか?

イザベル・ユペール ほとんど変わっていないはずです。エリーズの脚本の素晴らしいところは、些細なディテールまでしっかり書き込まれていること。たとえば、劇中で私が演じるシドニが文庫本を読んでいるという記述があるんですが、それはナタリー・サロートの『子供時代』という本だと最初から書かれていました。実はナタリー・サロートは私も大好きな作家でしたから、「どうして私がこの作家が好きなのを知っているの?」と読みながら驚きました。それくらい様々な合致があり、個人的にたくさんのインスピレーションを受け取れる脚本でした。

 一方で、私が自分なりの解釈をしながらシドニという人物を作りあげていく余白が多く残された脚本でもありました。それは私好みのスタイルだったといえますね。ある人物像に寄せていくより、ストーリーの方が歩み寄ってくれるような仕事の仕方が好きなんです。

2024.12.22(日)
文=月永理絵