小田部 こちらこそ使っていただいてありがとうございます。伊都子は77年と6か月もの間、ほとんど毎日欠かさず書き留めていますから面白いですよね。今でいう“書き魔”だったのでしょうが(笑)、日本が日露戦争や第一次世界大戦を経て強国となり、日中戦争、太平洋戦争等を経験、一転敗戦国として復興へと歩む様子を、華族、皇族、そして一市民となった立場から記録し続けているんです。明治、大正、昭和と3代にわたる皇室を最も近くで見てきた者の生の声という、非常に貴重な資料です。

 小田部 これまで、伊都子の長女方子(まさこ)なら方子、姪で皇室に嫁いだ勢津子(せつこ)なら勢津子というように一つ一つの結婚が描かれることはありました。けれど、それを伊都子という一人の女性の視点を通して結び付け、皇族の結婚をめぐる一つの物語にしているのが「李王家の縁談」の面白いところですよね。

 林 ありがとうございます。伊都子は侯爵家に生まれ皇族に嫁ぎましたが、自らの立場への意識が人一倍強いですよね。

 小田部 彼女の日記を読んでいて面白いのが、結婚後の両親の呼び方。それまでは「御両親様」と書いているのですが、結婚してからは「直大様」、「鍋島御夫妻」と書くようになる。実の両親を、ですよ。娘といえど、皇族に嫁いだ自分の方が身分が上だという意識があるんでしょう。いろいろ思い悩んだのか、すぐに、「御両親様」に戻っているのですが(笑)。皇族としての強い自覚がうかがえます。

 林 私たちなんて「下々の者」とか言われそう(笑)。

 小田部 私は、日記を研究していることを知った知り合いに「もし伊都子さんが生きていて日記を読まれていると知ったら、『この無礼者』と叱られただろうね」と言われてしまいました。彼女の生きた明治から昭和にかけては特に、地位や身分という意識をしっかり持たされたのでしょうね。

 

正田美智子という衝撃

 林 日記を読んでいると伊都子って本当に面白い。空襲で家が焼けたとき、近くの娘の家に行くと安心してぐっすり眠れた、なんて書いてありましたが、いかにも皇族妃らしい。家なんて焼けてもまた誰かが建ててくれる、って思ってるんですよね。

2024.12.15(日)
文=林真理子、小田部雄次