滝沢保を覚えていてくださる方がいらっしゃることは、とてもありがたい
──シーンを与えると、登場人物が勝手に動く?
先ほどお話しした管理人さんは、そういうところがあったかもしれません。寒い日も暑い日もバケツを洗っている管理人さんを見て、「毎日バケツを洗っていて頭が下がるな」と考えているうちに、登場人物がどんどん意志を持って動き出すのです。だから私はそれを粛々と書き留めていく。そんなイメージです。
どんな展開になるのか、自分でもまったくわからずに書いているので、「なるほど、こうたどり着くのか」と、後から自分で納得することも多いです。
──ご自分でも先が見えない状態で物語を生み出されているからこそ、乃南さんの小説はいつも時代の半歩先をいく新鮮さがあるのですね。
「新鮮」なのかどうかも、自分ではよくわかっていませんが、そうおっしゃっていただけるのはうれしいです。ありがとうございます。
──今作『マザー』のようにひんやりとした怖い作品を生み出す時は、どういう登場人物を設定されるのですか?「心に闇を抱えた怖い母親」ですか?
私はこれまで、「怖い話を書こう」と思って作品を書いたことは、一度もありません。どういうテイストの小説にしよう、ということくらいは考えていますが、それくらいです。
今作の場合は、「一見平和で和気あいあいと暮らしているように見えるこの人の家族も、一皮むいたら何が潜んでいるかわからない」と思いながら改めて登場人物を見直してみたら、やはりみな何かを抱えていた……、という展開になりました。
──登場人物と言えば、最近、乃南さんはXで、『凍える牙』で“デビュー”した刑事・滝沢保の名前をよく出されています。もしかして女刑事・音道貴子とのコンビ復活なども考えておられたりするのでしょうか。
シリーズ終了からもう20年近く経っているので、さすがに難しいと思います。小説が終わった時点からのリスタートならあるかもしれませんが、それにしては警察の捜査手法や犯罪のケースが変わりすぎました。
現実と同じ時間軸で考えたら、滝沢はとっくに定年ですからね。重い糖尿病を患って、動くのもままならない状況になっているかもしれませんし、復活はないと思います。でも、こうやって刑事・滝沢保を覚えていてくださる方がいらっしゃることは、とてもありがたいと思っています。
2024.09.12(木)
文=相澤洋美
写真=深野未季