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●決定的な善人や悪人はいないはず

――主人公の勝男はムカつくキャラのはずなのに、かわいく思えてしかたありません。

谷口 古くさい価値観の昭和男子という設定でも、主人公が嫌われては困るので、読者の方に愛されるにはどうすればいいのかなと考えて「まっすぐすぎてちょっと痛いけど、そこがかわいらしくもある」という落としどころにしました。第1話をアップしたらSNSでバズったんですけど、むちゃくちゃ勝男が叩かれて(笑)。「許せない!」という反応も多くて。「かわいい」という声も増えていますが、いまも勝男を憎みながら読んでる方もいて。トラウマがある人はそう感じてもしかたないなと思います。

――まあ勝男も料理をするようになったからといって、根本的に人が変わったわけじゃありませんしね。まだまだアウトな発言が多いです(笑)。

谷口 そういうことは、頭ではわかっていても、自分もやりかねないですからね。これも、まさにマンガに描きたいことなんですけど。特に年をとるほど若い人との価値観のギャップは生まれるはず。自分はどうしていかなきゃいけないかを考えたいと思っています。

――「モラハラ男」とバッサリ切り捨てるのも危険ですね。鮎美についても最初は「ああ、こういう打算的な女子っているよね」と思っていたのですが、読んでいるうちに「自分の中に、そういう打算は1ミリもないといえるのか?」という気持ちになって。

谷口 たとえばリアリティーショーなどを見ていて、出演者の芸人さんの恋愛を「キモい」と笑ったりするような視聴者の声を聞くことがあったのですが、私は恋愛って側から見たら大体キモいようなことが多いと感じます。みんな、そんなに他人を判定できるほど素晴らしい人間じゃないはず。

――他人のアラには気がつけるけど、自分のアラは見えづらい。そういうことをじんわりと説教くさくなく感じさせてくれる作品でもありますね。

谷口 自分が素晴らしい人間だなんて思っていないので、説教なんてとてもできないです。

――勝男の同僚の白崎くんもいいキャラクターですね。

谷口 白崎、意外と人気なんです。彼は、同僚に勝男とちがう考え方の男性を作ろうと考えて生まれたキャラクターです。現代的な感覚を持っていて読者と同じ目線で勝男につっこむ人がいないと成り立たないので……南川も同じ役割です。でも、この2人が完璧すぎると嫌みなので、南川は恋愛でうまくいってないとか、白崎は他人に冷たい一面があるといった性質を持たせていますね。

――最初の方では、白崎も裏でサラッと勝男の悪口を言ったりしている。そういうところも嘘っぽくない。みんながみんな、悪い人でも聖人でもない。

谷口 「本当の悪人と出会ったことがあるか」という話をしたことがあるんですが、嫌な人も何か事情を抱えているとか、それなりのわけがあるのかもしれないし……。一面を切り取ったらいい人に見えることもあるし、決定的に善とか悪といえる人はいないんじゃないかな。

2024.09.14(土)
文=粟生こずえ
写真=平松市聖