コンスエロ自身が、そういっている。夫サン・テグジュペリとの日々を綴った、『バラの回想』という本を出しているのだ。自称して憚らない高慢も、「バラ」そのものじゃないかと、もう納得するしかない。

 

最後まで離婚しなかった夫婦

 もとよりコンスエロは正式に結婚した妻だった。子供はできなかったが、サン・テグジュペリとは最後まで離婚していない。離れて暮らした時期もあったが、だからこそ『星の王子さま』の、王子さまが最後には「バラ」のもとに帰ろうとする件にも重なる。

 実際、それは作者の実人生を予言したかのような場面だ。時代は第二次大戦中で、サン・テグジュペリは亡命していたアメリカ、ニューヨークにコンスエロを残して、ひとりヨーロッパの戦場に向かった。作家は飛行機乗りとしても知られるが、1944年7月、フランス空軍の偵察機で出撃して、そのまま亡くなっている。

「わかるよね。遠すぎるんだよ。ぼく、この体をもって帰るわけにはいかないんだ。重たすぎて」

(文春文庫『星の王子さま』倉橋由美子訳より)

 そういって蛇に咬まれた王子と同じに、サン・テグジュペリの魂も自分の「バラ」のもとに帰っていったのだといえば、悲しくも美しく──まさに純愛を地で行く二人だったように思われるが、ちょっと待て。

 ここで『星の王子さま』のファン心理を裏切るようで、何とも心苦しいのだが、実をいえばアントワーヌ・ドゥ・サン・テグジュペリは、一途な愛妻家といった判子をポンと押してやれるような男ではなかった。恋人というか、愛人というか、女性はコンスエロの他にもいた。それも沢山だ。いや、沢山なら、かえって救われるか。なかには「正妻」といえるような、多年にわたる関係を築いた相手もいた。ネリー・ドゥ・ヴォギュエといい、まあ、こちらも人妻ではあったのだが、愛人の死後には「ピエール・シュヴリエ」の男名前で、サン・テグジュペリの伝記を著している。未公開の手紙(自分がもらった手紙)なども引用して、やたらと詳しい(当たり前か)伝記であり、『バラの回想』と併せると、作家の私生活が全て明るみに出てしまう所以だが、さておきである。

2024.08.22(木)
文=佐藤 賢一